時を同じくして、エルス国の、王城にほど近いレイオス公爵家の城。
銀色の長い髪をし、神秘的な雰囲気の、十七、八歳の美少女……いや、美少年だろうか……が、夜の虚空を見上げていた。隣にはエクタやリシアの従兄であり、若きレイオス公爵家当主でもある、テイルの姿が見える。テイルは、リシア達の前では見せない厳しい表情を見せている。長く伸ばしたアッシュブロンドが、風に舞う。
「どうだ、セリス? 何かわかったか?」
セリスと呼ばれた少年は、猫のような翠色の瞳を瞬かせ、涼やかな低い声で答えた。
「ああ、テイルの読み通りだぜ。精霊達は、イェルトが危ないってさ」
「そうか……やはりな。デュアグの次はイェルトを狙うか……」
顎に手を当て、考え込むテイル。その横で何かを追い払うように手を空中で左右に振ると、セリスは柳眉を顰めた。
「いかにも陥落しそうだな、イェルトは。王家に不協和音もあるし、民衆も戦いに疲れているっつーことか」
「うん、そういうことだろうな。セリス、呼び出して悪かったな」
「いや、いいさ。俺にゃこれくらいしか取り柄がねえし」
品のある端麗な顔に似合わぬ乱暴な口調に、テイルはくすりと笑う。
「お前も、栄えある三公爵の一人だろ。顔と身分に口調を併せろよ」
「そんなことしたら、また女と間違われるじゃねえか。御免だね」
ひょい、と肩を竦めるセリス。
「残念だな。お前だったら、その気になれば傾国の美姫と呼ばれるのに相応しいのに。タランス公爵家のシエラよりも美しいって、お前の顔を知ってる人間には評判だぞ」
「おい、テイル。喧嘩売ってんのか?」
「いーや、揶揄ってるの」
ひゅ、と出された拳を躱しながら爆笑するテイル。
「くそっ、前言撤回! やっぱ今度からは、精霊達使えって言われても、絶対聞いてやんねえからな。もう帰る!」
悔しそうに自分の掌に拳を叩きつけて、セリスはずんずんと歩き始めた。テイルは慌てて追いかける。
「悪い悪い。どっから見ても、セリスは男だよ。だから精霊の方は……」
「知るか! 精霊がいるのは、一般には内緒なんだろ!?」
「ごめんってばー」
「五月蠅い!」
夜空に、くすくすと笑う幾つかの影が見えたのは気のせいか。
しかし、その明るい雰囲気を消すかのように、ふうっと雲が夜空を覆い隠す。
大きなうねりが、僅かな足音を立てながらイェルトに迫っていた。もう、誰も止めることができないところまで来ているそのうねりの中に、いずれ誰もが呑み込まれていく。
精霊達の気配は、いつの間にか消え、公爵家の広い庭には静けさだけが漂う。
黒い一群の雲が去った後、暗く赤い月がエルスの空にも、イェルトの空にも昇った。これから迫り来る何かを暗示するかのように。
Intermission 了