内容が理解できていたかはともかく、大変であることはミーファにも充分伝わったらしい。引き締めた口の端が震えている。
しかしミーファは、エクタとセリスを交互に見つめ、こくりと頷いた。
「うん、はなさない。ミーファ、エクタおにいちゃんのこと、すきだもん」
エクタがほっとした表情をして、ミーファの目を覗き込む。
「ありがとう、ミーファ」
「……ねえ、エクタおにいちゃん」
ミーファが少し、泣き出しそうになりながら、エクタの顔を見つめる。なに?とエクタは首を傾げる。金色の髪がさらりと揺れた。
「あのね、いつかまたあえる?」
「うん、きっと。いつか、また会いにくるよ」
エクタの蒼い目には、嘘が無かった。ミーファは幼心にもそれを感じ取り、にいっと口の端を持ち上げて笑った。
「じゃあ、ミーファかえるね。エクタおにいちゃん、セリス、またね。ばいばい!」
ミーファは思いがけないほどあっさりとくるりと後ろを向き、走っていった。少し呆然と、二人はその小さい背中を見送る。
「……信じてるんだね」
エクタが、少しだけ幸せそうに笑う。セリスが頷いた。
「ああ。好きな人間のことが信じられるのは、いいことだぜ」
「約束を、守らなくてはね」
二人はゆっくりと住宅街を離れ始めた。
少しの間無言だったが、エクタが思い出したようにセリスに尋ねる。
「そういえば、限定品、買いに行くんじゃなかったっけ?」
セリスがエクタを凝視する。その表情がみるみる後悔に彩られる。
「ああ! そうだったー! しまった、ミーファがいれば、三人分買えたのにっ!」
頭を抱えたセリスを見て、エクタがくすくすと笑った。
「そんなに欲しいものなんだ」
「まあな。無くても構わねえっていえば、構わねえんだが」
肩を落とすセリスに、エクタが尋ねる。
「それで、何を買う予定なんだい? そろそろ教えてくれても、いいんじゃないかな?」
「!」
セリスの顔がみるみる不機嫌そうになった。が、エクタは心配していない。こういう時、セリスは照れているのだ。本当に不機嫌な時は、セリスは別の顔をする。
投げるように、セリスは言った。
「……香だよ」
「こう? って、あの、焚いたり練ってあったりする、香?」
「そうだ。焚くやつだ。てめーがいつまでもうじうじしてるからな。それで気晴らしでもしろ、って突きつけるつもりだった」
「え?」
投げやりに、殊更ぶっきらぼうに言うセリスに、エクタが何故、という表情で尋ねてしまったから、セリスの顔がみるみる紅くなっていく。
「うるせーな。寝る前に焚くと、良い夢が見れるって噂だったから、てめーみたいな奴にはぴったりだと思ったんだよっ。ついでにミーファが一緒にいれば、ミーファにも分けられただろーがっ!」
別に全然うるさくなどしていないのに、エクタを叱りながら喚き散らすセリス。少し驚いてエクタはセリスの様子を見ていたが、セリスの気持ちに思い至り、ふっと笑った。
「ありがとう、セリス。とても嬉しいよ」
「なっ!」
口をぱくぱくさせながら、セリスが耳まで真っ赤になる。美しい乙女のような外見にはそぐわず、クールに決めたい男っぽいセリスにとって、自分から予定を話してしまい、あまつさえ真っ正面から礼を言われることはかなり恥ずかしいことには違いない。
しばらく絶句していたセリスは、ぷい、と物も言わずに歩き出した。
慌ててセリスを追いながら、エクタはくすくすとずっと笑っていた。
「セリス、相変わらずだね。君ほど男らしい男って、見たことがないよ」
「うるせっ!」
「ねえ、香が買えたら、ミーファにも今度届けてあげようよ。無論、王宮からとはばれないように使いを出して」
「勝手にしろっ!」
会話にならない会話を繰り広げながら、二人は市場へと向かう。
空は相変わらず青く澄み渡り、気持ちよく晴れている。
今別れたばかりのミーファも、今頃は母親の腕の中にいる頃だ。エクタはそれを思い、少し慰められる気がした。
ミーファも、リシアも。一番一緒にいて幸せな人といるのだから。自分は時々、顔を出して懐かしがってもらえれば、それで良いのかもしれない。
それに、とエクタはセリスの背中を見る。
自分は一人ではない。リーザもテイルも父も、セリスもいる。
今はそれでいい。そう、素直に思えるようになっていた。
「……なあ、エクタ。ミーファの分は、俺の分使えよ。どうせ、お前にやるつもりだったんだ」
先を行くセリスが、何気なく言う。エクタは少し躊躇ったが頷いた。
「ああ、そうさせてもらうよ」
そしてエクタは笑った。
セリスには悪いが、もう香は必要ない。
リーザに渡そう。綿菓子も添えて。
そう思いながら。
fin.