そして数日後。面接の日がやってきた。ネ・エルス市だけではなく、近隣の女性が全部集まったのではないかと思われるほどの人数の応募があったため、城の前には老若バラエティーに富んだ女性の長い列ができていた。
 余りの応募の多さに、列に並んだ状態で一次審査が行われた。働けないだろうと思われる程年老いた女性、リシア王女よりどう見ても小さな女の子が次々と外されていく。それでも、列は一向に短くならず、列のまま二次審査も行われた。
 今度は、住み込みで働ける現在独身の女性であることが条件だった。リーザは難なくクリア。結婚している人がいなくなったので、かなりの人数が減る。
「ねえ、どきどきしてきたね」
 前後に並んだ友達のミッティーとレジーと、くすくす笑い合う。
 それ以降も幾つか人数減らしが行われたが、リーザと友達二人は奇跡的に残っていた。やっと城内に残った人々が面接の為に入れたのは、もう夕方だった。
 人数が減ったとはいえ、まだ百人近く希望者はいる。選ばれる侍女はたった一人。リーザはミッティーとレジーがいたこともあり、この時点でも随分気楽に構えていた。
 念願の城内に入れたリーザは、有頂天だった。磨き抜かれた大理石の床、柱に施された美しい彫刻、ひそひそ話しても、声が響いてしまうくらい広い廊下、その中をしずしずと歩く美しい女官、そこここに立つ逞しい衛兵。まるで物語の中に入り込んでしまったようだ、とリーザは思って、嬉しくて仕方がなかった。
 面接官の前に立った時も、リーザは明るくにこにこと笑っていた。緊張した顔ばかり見ていた面接官は、リーザのその笑顔に度肝を抜かれた。
「君、名前と年は?」
「リーザ・ロウリエンです。十七歳になりました」
「君の長所と短所を教えてくれたまえ」
 リーザは少し考えたが、はきはきとすぐに答えた。
「人見知りをしないことと、いつも明るいことが長所です。短所は、ちょっとお節介なところです」
 落ちると思いこんでいるから、全く気負いのないリーザ。
 まさか、カーテンの裏側から、面接官を「自分の侍女を決めるのだから」と言いくるめたリシアがじいっとリーザを見つめていることなど知る由もなかった。
 笑顔で彩られた面接を終え、リーザが出ていった後、リシアがカーテンの後ろから出てきて、こう面接官にお願いしたことなど、リーザには想像もつかなかっただろう。
「ねえ、リシアは今のお姉さんがいいな。あのお姉さん、凄く楽しそうだったよ。きっと、お城の中、明るくなるよ」
 面接官は困った顔をした。
「しかしリシア様、あの娘は少し教養と礼儀の面で問題があるかと……」
「そんなの、誰かが教えてあげればいいじゃない。リシアだって教わってるんだよ、お姉さんも一緒に教わればいいよ」
「まあ、リシア様、まだあと半分も面接が残っているのです。全員見てからでないと。他にもっと適任の方がいるかもしれませんから。それに、今回選ぶのは、リシア様のお姉さまではなく、侍女なのですよ」
 リシアはしぶしぶうん、と頷いたが、さっきの栗色の髪の、明るい綺麗なお姉さんがどうしても気になっていた。

 そして。数日後。リシアと面接官をした侍従の前には、リーザがいた。
「あの……本当にあたし、じゃなくて私なんですか? 間違いとかじゃなくて?」
 これ以上もなく情けない顔をして侍従に問う。
「リシア様の立ってのお望みです。何か問題でも?」
 侍従がそう言うのと同時に、リシアが不安げな表情を見せる。
「リシア様は、実は面接の様子を全て見ていらしたのです。そして、笑顔のあなたがいいとおっしゃったのですよ」
 リーザはそれを聞いて、初めてリシアの表情に気が付いた。
「まあ……そうだったんですか」
 リーザは、リシアの顔を覗き込んだ。素直そうなリシアの蒼い瞳が、淋しそうな色をしているように見えた。胸がつくん、と痛む。
――そうだ、リシア様はお母様を亡くされたんだったよね――
 そう思うと、リーザは心の中にむくむくとやる気が湧いてきた。即断即決、次の瞬間きりっとリーザは断言した。
「わかりました、それでは、王宮で働かせて頂きます」
 その言葉を聞いた途端、ぱああっとリシアの表情が明るくなった。
「本当?」
「はい。リシア様、宜しくお願いします」
 笑顔で右手をすっと差し出す。その手を、小さな右手が握り返した。
 こうして、リーザ・ロウリエンはリシア付きの侍女となった。
 着任直後、かなり厳しい礼儀作法が叩き込まれた後は、宿屋で培われた神経の細やかさと、生まれ持ったその前向きさで、周囲も認める程の立派な侍女に成長していった。
 そして、今日もリーザはリシアの隣にいる。
「ねえ、リーザ、兄様の誕生日プレゼント、どうしよう?」
「やっぱり、姫様の手作りの物が宜しいのでは? マントの裾に刺繍などなさってはいかがでしょう」
「あ! それ素敵だわ。そうする。リーザ、手伝ってくれる?」
「はいはい、勿論です」
 リシアが一目で好きになった、リーザの笑顔は、今日も絶やされることはない。