「つーわけで、最近変な夢を見るわけよ」
 同じ公爵家で、遠縁にあたるテイルに呼び出されたセリスは、昨日夢で見た場所を通りながら、四方山話のついでにテイルに夢の話を聞かせた。
「ふうん? 三人の美女に囲まれる俺の夢か。なかなかいい夢じゃないか。お前、少し俺のことがわかってきたんじゃないのか?」
 テイルは嬉しげにセリスの肩をポンポンと叩いた。セリスは軽蔑しきった眼差しをテイルに向けた。
「冗談きっついぜ。三人のうち誰もお前んこと特別視してなかったのは確実。もしかして、お姫様の下僕になっただけなんじゃねーの?」
「それは勘弁だな。お姫様はリシアだけでいいさ」
 テイルはおどけた表情で、諸手をあげてみせた。それから、表情を引き締める。テイルの本当の顔だ。
「だが、精霊が騒いでいることといい、何か起こるかもしれないな。少し準備をしておくか」
「ああ、そうした方がいいだろうな」
 セリスは言いながら、ふと最初の夢の続きを思い出した。
 セリスが少し可愛いと思った娘。その娘は、何かを探すように空中に目を彷徨わせていたのだ。もしかしたら、自分の気配を感じていたのではないかと、セリスは後で思ったのだった。
(正夢か? ……んなわけねーか)
 セリスはふう、と溜息を一つついた。

 遙か遠く、異なった時間に。
 一人の娘が、誰かに見られたような気がしてふと部屋の中の空気を見つめた。
「どうしたの?」
 他の娘達が声をかける。
「ううん……何でもない。あ、いいよ、先に行ってて」
 ゆっくりと瞬きした後、にっこりと娘は二人に微笑みかける。
 二人は口々にそう?と言うと、と隣の部屋へと移動していった。
 一人残された娘は、辺りを窺った後にそっともう一度、虚空を眺めた。
 銀色の光の残像が網膜に僅かに焼き付いている。そして、澄んだ翠のイメージ。
(……虫? ううん、違う……光の反射、かな?)
 不思議そうに首を傾げる。
 一瞬だけ見えたような気がしただけの光。
 でも、とても綺麗だと感じた。感覚の方が、見えた物よりも正確に物事を捉えたような気がして、娘は目を閉じ、光のことを熱心に思い出し始めた。

 それは、強大な力を持つセリスと、彼と共鳴を起こした娘が見た、未来の予知だったのかもしれない。
 二人の過去と未来を繋ぐ透視図上に、ほんの一瞬、僅かな、一筋の光だけが通れる道が現れたが如く。
 セリスは予感していた。
 あの乙女達と、将来会うであろうことを。
 あの娘と会えることを。

「どうしたセリス、何か考え事か?」
 しばらく黙っていたセリスに、テイルが声をかける。
「……柄じゃねえな」
 細く長い指で銀色の前髪をかき上げながら、セリスは横を向いた。
「何だ? 考え事が似合わないっていう意味なら、賛成するぞ?」
 テイルが茶々を入れる。セリスは挑発には乗らず、すう、と翠色の猫のような瞳で遠くを見た。
「自分の生きている空間以外なんて、本当にあるかどうかなんかわからねーからな。が、あると信じなければ動けないこともある。空間認識なんつーのは、永遠に揺らぎまくるってことか。空間については、イデアは存在しないと定義できる、と俺は思うぜ。……まあ、今回の夢一つ取っても自分がアタラクシアには程遠い男だっつーのがわかったな。情けねーぜ」
 美しい横顔から繰り出される、微妙に理解できない発言に、テイルは戸惑った。
「……お前、壊れたか? 何言ってるかわからん」
 セリスは大げさに溜息をついてみせた。そして、にやりと笑う。
「省略すれば、妙にリアルな夢見て、その夢に翻弄されてるっつーことだよ。たまには本読めよ、テイル。初歩の哲学も語れないようじゃ、女も口説けねーぜ?」
 テイルはやれやれ、と肩を竦めた。
「俺はそういうのは向いてないんだよ。ところでアタラクシアって何?」
「心の平安」
「へえ。お前、案外物知りだな」
「まあな。テイルよりはな」
 いつもの会話が戻ってくる。悪友同士のけなし合いとも見えるその仲の良い姿は、レイオス公爵家に勤める人々の笑いを誘った。

 そして。その夢からくる予感がどうなるかは。
 将来の、彼らの話へと受け継がれることとなる。