「石の機嫌?」
「ええ。信じられないでしょうけれど、本当に色が変わるのよ。もしかしたら不思議な力を持った石なのかもしれないわね」
面白そうに語るライラの言葉に大分驚いた様子のリシアは、掌に蒼い宝石を乗せて、まじまじと覗き込んだ。しかし思い当たる節でもあったのか、ゆっくりと頷く。
「信じられる気がします。この宝石、昔少しだけ色が変わっているように思えたことがあったから……」
ライラにもかつて、色が僅かに変わって見えた覚えがあった。リシアも同じようなことがあったのだろうと思う。
「あの、私、これを本当に頂いてしまって良かったんでしょうか? ライラ様がルイシェにお守りにと渡されたものだったんでしょう? そんな大切なものを……」
ふと、心配そうにリシアが問う。ライラは破顔した。
「気にしないで。あなたの方が、私やルイシェよりもそれが似合いますもの。きっと、その首飾りも、あなたのところへ行きたかったのだと思うわ」
実際、ライラもリシアが胸に首飾りをつけているのを見ると、ルイシェが彼女にあげたくなった気持ちが分かるくらいである。それ程、首飾りとリシアは似合っている。
「気にしないで下さいな。その代わり……大切にして下さいね」
にっこりと付け加えると、リシアが力強く頷いた。
「ありがとうございます。大切にします」
そして二人は顔を見合わせると、ふふ、と笑った。
その時、トントン、と部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「はい、どなた?」
ライラが扉に向かうと、栗色の髪の侍女、リーザがそこに立っていた。
「ライラ様、侍女のリーザでございます。姫様はいらっしゃいますか?」
「あっ、もうばれちゃった」
リシアが慌ててお盆にカップをかき集め、扉の方に駆け寄る。ライラが首を傾げると、リシアが悪戯っぽく笑った。
「本当は、この時間、経済学の授業を受けなくちゃならない筈だったんです。どうしてもライラ様とお話したくて、抜け出してきてしまったんですけれど……」
「まあ!」
ライラは口元に手を当てて笑い出した。
「監視をくぐり抜けた貴重なお茶だったのね。わざわざありがとう。でも、経済学の先生をお待たせしては可哀想ですよ」
まるでリシアの母親であるかのように、いつの間にか自然にふるまっている自分に気づき、ライラは驚いた。
「はあい。それじゃ、失礼します」
膝を曲げてお辞儀をすると、リシアはリーザに連れられて部屋を出ていってしまった。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、ライラはゆっくりと部屋に戻った。
僅かではあれ、若い娘と一緒に過ごした時間。思いがけず楽しかった会話を、ライラは心の中で反芻していた。
あのような娘がいれば良かったのに、と思いながら、ライラはふと一つの可能性に気づく。ありえなくはないし、そうなればいいと思う未来。
「……ルイシェに、そんな甲斐性があるのかしら?」
呟いて、微笑む。
リシアが来る前と同じように、ライラは窓の外を眺めた。
塔をずっと眺めていた者は気づいたに違いない。
先程、憂いを帯びていた表情が明るくなっていることに。その優美な線を描く口元が、笑みを含んでいることに。
そして、ネ・エルスの美しい夕暮れが訪れる。