晩餐会の席は、庭園に作られていた。盛大に篝火が焚かれ、辺りを明るく照らしている。夏に差し掛かろうとするこの時期ならではの爽やかな風と、美しい月を楽しもうという演出であろう。その目論見は見事に成功しているようだ。人々は長く待たされたにも関わらず、この演出にまだ酔いしれているようであった。
 正装である深い緑色の長いマントに身を包んだエクタは、その様子をほっとしながら眺めた。
「エクタ、一体何があったんだ? 大分遅れたじゃないか」
 いつの間にか隣に来ていたエクタの四つ年上の従兄、テイルがエクタの脇腹をつつく。
「ああ、大したことじゃない。あとで父上に報告するよ」
 エクタは疲労の濃くにじむ笑顔で応えた。
この二人、テイルの髪が幾分色の薄いアッシュ・ブロンドで、目の色も緑がかっているという違いはあるものの、良く似ている。そのせいか、従兄達の中でも特別仲が良く、兄弟といって良いほどである。ただ、生真面目そうなエクタに比べ、テイルには明るく、剽軽な表情が目立つようだ。その表情が少し曇る。
「何だ、俺に隠し事するのか。その顔を見れば、何かあったらしいことくらいわかるぞ」
「いや、心配させるつもりじゃなかったんだ。少し、表立って話しにくいことだから」
 そう言って、エクタは短くリシアがさらわれたこと、ルイシェと救出してきたことを耳打ちした。テイルの目が大きく見開かれる。
 ひゅう、とテイルは口笛を鳴らした。
「やってくれるね。エクタのことだから文人を決め込むかと思ったが、リシアの為なら何のそのか」
「からかうなよ。僕だって必死だったんだ」
 エクタの苦笑混じりの抗議をした時、明るい澄んだ声が二人の間に割って入った。
「テイル兄様! 来てたの?」
 嬉しげに駆け寄ってきたのは、細い深紅のリボンを髪に飾ったリシアである。リシアは、多少シニカルな発言をするものの、含みがなくいつも明るいテイルが大好きだった。テイルもまた、リシアを本当の妹のように可愛がっている。
「よっ、リシア。俺が、リシアとの晩餐会をすっぽかすと思うか?」
「あら、この前は面倒だって言って来なかったわよ? 三回に二回は、テイル兄様来ないんだから」
 ぷん、と口を尖らすリシアを手で制し、テイルは話題をずらした。
「まあまあ。それにしても、今日は随分おめかしなんだな。見違えたよ」
「えっ、ほんと?」
 精一杯のお洒落を誉められ、リシアはテイルを責めていたのを忘れたように、自然な紅色の唇をほころばせた。
「本当だって。一体、何があったんだ?」
「私ももう十二歳だし、大人っぽくしようかなって」
 くるりと一回転しながら、何故か頬を赤らめるリシアを見て、テイルはエクタに耳打ちした。
「おいおい、一体何があったんだ? さっきまでさらわれていたとは思えないぞ」
 それに対するエクタの答えは、曰くありげなな視線で示された。テイルはすぐに納得した。
「ははーん、まさに王子様登場ってわけね」

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