二人の視線の先には、今城から出てきたばかりのルイシェの姿があった。イェルトの正装である、複雑な白いローブを身に纏っている。遠目にもその姿はバランスが良く、すっきりと美しかった。篝火に照らされて、白い生地はは暖かなオレンジ色に染まっている。
ルイシェは他に知り合いもいないこともあり、まっすぐにエクタ達のところへ向かってきた。
二人に少し遅れてそれに気がついたリシアは、いきなりそわそわし、二人の見ている前で、服に変なしわがよっていないか、一生懸命直し始めた。普段まず見られないリシアの女の子らしいいじらしさを見て、少し複雑な気分になってしまった二人である。
「やあ、ルイシェ。疲れていないかい?」
ルイシェの顔が薄明かりの中でもはっきりと見えるようになると、エクタが、気軽に声をかける。先程の戦闘の中で、エクタにとってルイシェはもう客人ではなく、友人となっていた。それはルイシェも同じことである。
「いや、大丈夫。君は?」
「僕も平気だよ。紹介するよ、こちらの僕にそっくりなのは、従兄のテイル。兄弟みたいなものだよ」
「初めまして、ルイシェ殿。本当の兄弟だったら、この国は第一王子が悪くてという風評が立つところでしたよ」
機嫌良く挨拶をするテイルに、ルイシェは控えめな微笑みを向けた。
リシアは、その顔に少し見とれた。端麗なルイシェの顔立ちが、笑うと思ったよりも優しくなるのだ。自分よりも綺麗だな、などと思い、少ししょげてしまう。
テイルとルイシェはすぐに意気投合し、兄も交えて三人で剣の話や政治の話をはじめてしまった。リシアは、剣を握らせてもらえなかったし、政治のこともまだよくわからない。エクタの陰にいつの間にか隠れて、自分がもう少し年上で男の子だったら、この話題に入っていけるのにな、と思っていた。
その時、ざわ、と会場がざわめいた。イーク王が、城からゆっくりと庭に降りてきたのである。王の威厳は、大陸一の王国を治める者としても、十二分にあった。ざわめきはすぐに消え、散らばっていた人々は王の前に静かに集まり、跪いた。
リシア達もまた、王の後ろに移動し、佇む。王は、設えられた壇上におもむろに上った。
ぱちぱちと篝火の中で木のはぜる音と、衣擦れの音だけが風に乗る。その中、王は、静かに口を開いた。
「本日の宴が行われることを、嬉しく思う。イェルト国第二王子ルイシェ殿を迎え、早くも本日、無事友好的な通商条約がなされたことを、宴に集まった皆に最初に伝えよう」
人々の間にほっとしたような空気が流れる。これまでのイェルト国との条約締結は、ぎりぎりまでもつれ込むことが多く、最後には武力をちらつかされることさえあったのを、招かれた上級貴族は全員知っていたのである。
「友好的な話し合いの上で、優秀なる王子ルイシェ殿の存在は大変重要であったと思う。彼の輝かしい未来と、イェルト国との永久なる友好を願う」
朗々とした声で述べると、イーク王は右手をルイシェに差し出した。ルイシェは、臆することなくしっかりと握手をし、応える。
「我が国の状況を配慮頂き、条約を結んで頂いたことを感謝しています。エルス国、及び王家の更なる繁栄、エルス国との悠久なる友好を、イェルトも願っております」
王に対して一歩も引けをとらぬ、その立ち居振る舞いに、居合わせた人々は息を呑んだ。イークが感じた、この少年の上に立つ者としての雰囲気を、人々もまたすぐに感じ取ったのである。エクタ程の天性のカリスマ性はないかもしれない、が、ルイシェにはそれを補うだけの才能のきらめきがあった。それは、今までのイェルト国の人間には見られなかった絶妙な国際関係のバランス感覚の良さに示されている。
王が壇から降りると、すぐに料理が運ばれてきた。人々は、元のように散らばりながら、今見た少年の話で持ちきりであった。
そんな中、エクタは父王にその場に留まるよう、命じられた。
「こっちは大丈夫だ、うまくやれよ」
テイルが、そう言って心配そうなリシアとルイシェを引っ張っていく。
エクタは、覚悟を決めて父の前に立った。
「私が、何故お前を呼んだかわかっているな? リーザに問うても何も答えん。一体、何があったんだ?」
「事後報告になってしまって申し訳ありません、父上。リシアが傭兵達にさらわれ、ルイシェ殿の協力を得て、追っておりました」
「何っ!?」
イークは驚愕した。何かあったことはわかったが、これ程のこととは思っていなかったのだ。深い溜息が、自然に漏れた。
「そのような大事、何故私に相談をしなかった?」
「父上の手を、煩わせたくなかったのです。ルイシェ殿に手伝ってもらったことも、父上に報告しなかったことも、責は、全て私にあります。どんな罰でも覚悟しています」
余りにも予想通りのエクタの答えであった。父は、淋しい想いで息子を眺める。
「エクタ……お前は、私の家臣などではない……息子なのだぞ」
紡がれた言葉は、暖かな響きに満ちていた。はっとエクタは顔をあげた。父は、哀愁のこもった笑みを浮かべていた。
「このような時くらい、王としてではなく、親として見てもよかろう?」
エクタは、初めて父のことを、一人の人間である、と感じた。稀代の名君でも、父でもなく、一人の人間。侘びしさも不安もある、男がそこにいた。
エクタは言葉を失い、頭を下げると、そのままゆっくりと城の中へと戻っていった。
王はその姿を見て、小さく笑った。心の中で、亡き妻に語りかける。
「マリサよ、今の一言で、エクタを完全に大人にしてしまったかもしれない、な。十六か……私がお前に会ったのも、十六だった……」