朝、リシアはいつもより早く起きた。わくわくして殆ど眠れなかったのだ。細い腕を上に伸ばし、う……んと伸びをする。
 鎧戸を外すと、空は青く澄み渡り、小鳥が鳴いていた。いい一日になりそう、とリシアは思った。ベッドの上に戻りふかふかの枕を抱えて、今日どこを案内しようか、と考える。
 昨日、ルイシェと打ち解けたリシアは楽しい一時を過ごした。そして、テイルの邪魔が入る前に、まんまと今日一日城の様子を案内することを約束したのである。
 ルイシェは、リシアを本当の大人の女性のように扱ってくれていた。段差があれば手を取って転ばないように注意してくれるし、リシアが座るまで先には座らない。今まで周囲に大人扱いされたことのないリシアは有頂天だった。
 リシアを助けに来るまでの話を聞いただけで、ルイシェとの会話は中断されていた為、リシアはもっとルイシェのことを知りたくて仕方がなかった。昨日のうちに、ルイシェが笑うと、小さなえくぼが頬に浮かぶことをリシアは発見していた。でも、もっともっと知りたかったのだ。
 リーザがリシアを起こしにきた時には、リシアはベッドの上を服で一杯にして、どれを着ようか悩んでいるところだった。
「おはようございます、珍しいですね、姫様が一人で起きているなんて」
「おはよう。だって、今日はルイシェと約束があるんだもの。どんな服がいいかしら? これなんかどう?」
 リシアはお気に入りの一枚を取って、身体に当ててみる。リシアが一番大人っぽいと思っている、腰を引き絞った浅葱色のドレスだ。リーザは笑いを堪えきれず、ぷっと笑った。
「姫様、それは舞踏会に着ていく服ですよ? 今日はお城を案内なさるんでしょう? 普段着が一番ですよ」
「ええー?」
 口を尖らせたものの、リシアは素直に麻でできた普段着を身に纏った。こういうお洒落は、リーザは若い侍女らしく得意なのだ。お城の中でも、仕立屋がリーザに意見を聞きに来るくらいである。
「ほんとに、これでいいのかな……」
 ぶつぶつ言うリシアの背中を押して隣室まで移動し、リーザは朝食を取らせた。リシアにとっては、日常風景である。
 上の空で、いつもの卵とパンと山羊の乳の朝食を食べたリシアは、リーザの制止も聞かずに、子鹿のような軽やかさで部屋を飛び出した。まだ、約束の時間までは間があったが、じっとしていられなかったのだ
「またさらわれないように、変な部屋には入らないようにしなくちゃ」
 昨日さらわれた場所は、王宮の中でも出入り口に近い。リシアやエクタ、イークの住む王宮の居住区は奥の方にある。ルイシェの泊まっている客室は、衛兵の守る別塔になっている。
 リシアは、眠そうな衛兵に元気に「おはよう」と挨拶をして、中庭に出た。昨日の庭園である。朝露に濡れた草木は朝日を受けてきらきらと輝いている。昨日の宴の後は、すっかり片づけられてもうなく、ただ篝火を置いた台だけがそのままであった。
 リシアは眩しそうに、朝日の中できらめくルイシェのいる塔を見上げた。白い塔は、エルス国の首都であるここネ・エルスの象徴である。品格のある重厚な作りが、エルス国の技術力と文化レベルの高さを示している。
 リシアには見慣れたいつもの塔ではあったが、あの中にルイシェがいるんだ、と思うと、何故かいつもより塔が美しく見えた。

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