空を飛ぶ鳥を眺めながらしばらく待っていると、ルイシェがようやくやってきた。普段着である紺のチュニックを身に纏っている。ルイシェの肌が、紺色の為に一際白く見える。
「リシア、おはよう」
「おはよう、ルイシェ。いい朝ね。よく眠れました?」
「よく眠れましたよ。静かでいい国だね、ここは」
 挨拶の最中、リシアは、ルイシェが何か小さな物を後ろ手に持っているのを見つけた。気になる様子で、遠慮がちに覗き込む。
「それ、なあに?」
 尋ねたとたん、ルイシェの頬がすうっと染まった。
何も言わずに、リシアの小さな手を広げさせ、手に隠し持っていた小さな包み紙を置く。
「昨日、誕生日だと聞いたから」
 リシアはびっくりしてルイシェの顔を見上げた。確かに、そう言った記憶はあるが、それをルイシェが気に留めていたとは思いもしなかったのだ。
「下さるの?」
 ルイシェは照れの為か、横を向いて首を縦に振り、肯定の意を表した。
リシアはどぎまぎしながら包み紙を開けた。かさかさ、と茶色の包み紙が音を立てる。
 開いて、贈り物の正体がわかった途端、リシアの顔がみるみる紅潮した。
 そこには、美しい細工の、銀色の首飾りがあった。女の子であれば、いや女性であれば一度は夢見るような、神秘的な輝きを放つ蒼い宝石が中央にあしらわれている。
 エルスの国で交易が盛んとはいっても、これ程までの品が入ってくることは稀で、入ったとすれば扱う業者からの噂が流れることは間違いがない。ルイシェが昨日あの後、この国で首飾りを買ったとは思えず、リシアは微かに困惑の表情を浮かべた。その表情に気づいたルイシェは、首飾りの由来を話した。
「母が、エルスに起つ前にお守りにと持たせてくれたけれど、僕に首飾りは必要ないから」
「そんな! お母様の気持ちがこもったものでしょう? 頂けないわ」
「大丈夫。母は、似合う人がいたと言えば許してくれるよ。そういう人だから。この首飾りは、リシアの方が似合う。それにお守りは他にもたくさんあるんです」
 ルイシェの言葉に、リシアは、少しの逡巡の後に頷いた。
 リシアは、自分の目の色とそっくりな蒼い宝石に魅入った。さっき見た瞬間から、本当は惹かれて仕方がなかった。震える指先でそうっと細いしなやかな鎖を手に取り、慣れない手つきで首の後ろで留める。
 ルイシェがそれを見て、破顔した。
「ほら、良く似合う。君の為に作られたようだね」
 実際、その首飾りはリシアが身につけた途端、生きているかのようなまばゆい光を発しはじめていた。ルイシェは昨晩、贈り物を考え出した時から、リシアにこの首飾りが似合いそうだと思っていたが、予想以上のその姿に賞賛を送らずにはいられなかった。
 リシアは、言葉を失い、目を潤ませるのが精一杯だった。宝石から、暖かな力が注ぎ込まれてくるような感覚。その暖かさは、きっとルイシェの母が、ルイシェに対して贈った愛情だ、とリシアは思った。同時に、自分にそれをくれたルイシェの暖かさだ、と思った。
 どうやってお礼を言っていいかわからなくなったリシアは、しばらくじっとルイシェを見つめた後、細く暖かい腕をルイシェの首に絡みつけ、柔らかい頬を頬に押し当てて、動物のように身体全体で「ありがとう」を伝えた。
 その抱擁は、ルイシェをすっかり硬直させた。そのようにストレートに感情表現されるのに、ルイシェは全く慣れていなかったのだ。リシアの身体から溢れる素直な感情を受けるがままになっていた。思ったよりもずっと喜んでくれたことは、ルイシェにも何よりも嬉しかった。
 漸くルイシェから離れたリシアは、大事そうに首飾りを外し、包み紙に丁寧にしまって、服の中にあるポケットに入れた。リシアには、今までにない宝物だった。
「ルイシェ、ありがとう。一生、大事にするわ」
 一言一言、力を込めてリシアはお礼を言った。ルイシェは何も言わず頷き、優しい微笑みを浮かべるだけだった。
 誰からも愛されているリシア。ルイシェは、その理由が分かった気がしていた。それは、彼女が与える安らぎにある。彼女をこうして見ているだけで、ルイシェは国のことも一時忘れて微笑んでいられる。リシアは、人を癒やす力のある、生まれながらの王女だと思った。ずっと側にいられたら、とふと思い、直後、余りにも飛躍した自分の考えに赤面する。
「お礼にはならないけど、お城を案内させてね。さあ、行きましょう」
 可愛らしい笑顔を浮かべ、ルイシェの手を引くリシア。
 ルイシェは知らなかった。誰にも愛されるリシアが、どんなに対等な立場の友達を欲していたか。自分が、リシアにとってどんなに必要な人間になったか。

 まだ、二人の運命の扉は、この時開かれたばかりだったのだ。

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