エクタはざわめく人を掻き分け、騒ぎの中心にいる人物を探した。
「何があったんだ」
 そこにいたのは、イェルトの服を着た、書状を持った使者だった。が、酷く汚れている。
「ルイシェ様にお会いしたく、参上いたしました。ルイシェ様は何処でありましょうか」
 使者は蒼白であった。ただならぬ様子が、全身から溢れている。エクタは周囲を取り囲んでいた数名に、ルイシェを探すよう命じ、使者を応接室へと移動させた。侍女の一人に、暖かい飲み物を持って来させる。寒い日ではないというのに、使者はがたがたと震えていた。
 応接室に着いた直後、イーク王、ついでルイシェの従者達が現れた。異常事態と見て取り、この場にいる必要があるとの判断からである。
 ルイシェとリシアが部屋に着いたのは、五分程も経ってからのことであった。異様な雰囲気に呑まれたように、皆黙りこくっている中、二人は控え目に入室した。リシアは、しっかりとルイシェの手を握っていたが、雰囲気を見て取るなり手をそっとほどいた。
 使者は、ルイシェを見るとガバッと立ち上がり、書状を何も言わずに手渡した。その表情から、余程のことがあったことは明白であった。
 ルイシェは、何も言わずに父の頭文字のついた蝋封を剥がし、書状を開いた。
 皆の見ている前で、ルイシェもまたみるみる蒼白になっていった。
「何があったんだ?」
 エクタが、待ちきれない様子で尋ねる。
「……が……」
 低い、嗚咽のような声がルイシェの口から漏れた。しかし、すぐにはっきりと文書の内容を伝える。
「兄、ロージョが、デュアグ国との戦闘中、戦死しました」
 幾つもの息を呑む音が、部屋に響きわたる。ルイシェは、更に無機質な声で続ける。
「父は僕を後継者に選びました」
 その意味するところは、余りにも大きかった。リシアだけが訳がわからず、悲痛な表情を浮かべる人々を見つめていた。
「ねえ、どういうこと、なの?」
 リシアが恐る恐る尋ねると、ルイシェが目線を合わせることなく、短く応えた。
「僕が兄の代わりに、戦地に赴く」
 リシアは、鋭く息を吸い込んだ。衝撃で、頭が真っ白になる。戦争に、ルイシェが行く。戦争がない国に生まれ育ったリシアには、とても信じられなかった。
 しかし、本当はもっと厳しい状況であることを、王も使者もエクタもルイシェも知っていた。本陣にいる筈の第一王子が討たれたのである。戦況が良い筈もなかった。負け戦の大将として、ルイシェの父はルイシェを選んだのだ。その余りにも非情な決断に、エクタは怒りを禁じ得なかった。
「ルイシェ、行く必要などない。余りにも無意味だ。この国に亡命しろ」
 エクタは強い口調でルイシェに言った。イークも、それを止めようとはしない。使者だけが、驚きの表情を浮かべている。
 しかし、ルイシェは、蒼白な顔に儚げな微笑みを浮かべ、ゆっくりと顔を横に振った。
「ありがとう。でも父が僕を必要としている」

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