「無駄死にするとわかっていて、行かせることができるか! この戦争は、このまま終結させ、イェルトの負けにするべきだ」
 エクタは、熱っぽく語った。本来であれば、使者の前でこのような話をすべきではない。大人であればしないであろう。が、エクタは言わずにはいられなかった。イェルト国王は間違っていると思った。
「デュアグに勝ったとしても、何があるという? 国境が少しずれ、僅かな税と資源を手に入れる代わりに、多くの人命を失うだけだ。馬鹿げている」
 驚愕して黙っていた使者が、怒りも露わにエクタに反論する。
「馬鹿げているとは如何なることか。負けにするべきとは如何なることか。我がイェルトにとって、デュアグの土地マズールを制圧することは、その土地にいる虐げられたイェルト人を救う為にも必要不可欠。そのような発言をされるとは、エルス国の王子としては軽はずみではありませぬか」
「虐げられた人々を戦争に巻き込み、死なせるのはいいというのか? 救う人より多くの命を粗末にするというのか? それが、イェルトの正義なのか」
 熱弁をふるうエクタを止めたのは、イークの右腕だった。す、と差し伸べられた腕に、エクタは水を差され、口を閉ざした。
「エクタ。使者殿の前でする話ではない。お前の言ったことは、明らかな内国干渉だ」
 その通り、と頷く使者に向かって、イークは頭を下げた。
「子供の発言故、お許し頂きたい。私の教育が行き届かぬところがあった。ルイシェ殿のことはルイシェ殿がお決めになること。我々の口を挟む問題ではない」
 そして、振り向き、ルイシェに問うた。その瞳が、深い色を湛える。
「ルイシェ殿、どうなさるのか?」
 ルイシェは、まっすぐにイークの目を見て迷うことなく答えた。
「僕は、父の命に従います。父は父の考えあってのことと考えます」
「そうか。それならば、御武運を祈ろう。エクタ、ルイシェの決めたことだ、異存あるまいな」
 エクタは、黙ったまま固い表情で頷いた。
 リシアは、目の前で何が起こっているのか、理解できていなかった。しかし、ルイシェが危険な場所に行くのが確定したということだけは、今のルイシェの言葉ではっきり解った。
「それでは、この土地よりマズール地区に直行せよとの王の仰せです。早速準備を整えられるよう。私は、王にルイシェ様のご意志を伝えに向かいます」
 使者は、このような場所はもううんざりだと言わんばかりに、エクタをねめつけ、さっと部屋を出ていってしまった。
 後には、沈黙が戻った。ルイシェの従者達も悲痛な表情を浮かべている。勿論、従者である彼らも戦地に赴かなければならないのだった。ルイシェだけが、一人静かに退出の辞を述べる。
「イーク王、私は準備がありますので、失礼いたします。ご厚情を心より感謝しております」
 部屋を出ていくルイシェと従者達を、リシアとエクタは、呆然と見送っていた。

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