ルイシェは一人、塔の部屋の中で荷物を整理していた。
 兄が死んだとわかった時にはやはり衝撃が大きかったが、その後については、自分でも驚くほど冷静だった。
 いつか、来ることだと、わかっていたのかもしれない。
 負け戦と知っても父を裏切れなかった。父の一番の期待だった兄が死んだことは、父にとっては青天の霹靂であったろう。しかし、それでも戦をやめようとせず、自分を送る。それだけ、大事な戦だと考えている証である。
 自分であれば、戦争以外の解決策を探すだろうが、父クリウ王は違う。それだけの話だ。父が自分を必要としていて、自分はそれに応えたいと思ったのだから、それでいい。
 兄ロージョは、父に良く似ていた。顔立ちも、行動も。そして父を尊敬していた。戦には率先して大将として赴き、剛腕で幾度もの危機を乗り越えていた。身分の低い母から生まれたルイシェを弟として扱ってくれたことはなかったが、ルイシェは兄が嫌いではなかった。気性が激しくわがままで、すぐ腕力に頼る癖があったものの、陰湿なところは一つもなかったからだ。
 その兄が死んだ。ルイシェは、流石に様々な想いが込み上げてくるのを抑えることができなかった。
 そして、その兄の代わりを果たすことになった自分の将来を考えずにはいられなかった。
 多分、死ぬのだろう、とルイシェは思っていた。あの腕力に絶大な自信を持っていた兄が死んだ戦である。自分が勝てるなどとは思っていなかった。
 死んだら、母は泣くだろう、と胸が痛む。貴族ですらなかった為に第一王妃に疎まれ、使用人からも距離を置かれる母。自分に愛情の注ぐことにささやかな誇りと存在意義を見出していた母から、全てを奪うことになってしまう。
 いつの間にか、荷物を整理する手は止まっていた。
 その時、部屋が遠慮がちにノックされた。我に返ったルイシェは呼吸を整えて平静を装い、ドアを開けた。
 ぽつんとそこに立っていたのは、リシアだった。
「リシア、どうしたんだい?」
 無理に笑顔を浮かべるが、ルイシェの表情には自分では拭うことのできない翳りがあった。
 リシアは、何も言わずルイシェの顔を見つめていた。ひどく悲しげな顔に、ルイシェの方が戸惑う。ルイシェはその時初めて、リシアが想像以上に自分のことを心配していることに気づいた。リシアの蒼い瞳がゆらっと揺らめき、耐え切れぬようにはたはたと涙がこぼれ落ちはじめる。
「これ、やっぱり、もらえない、から」
 やっと絞り出した言葉と同時に、リシアが差し出したのは、あの首飾りだった。優しい、優しい光を放つ青い宝石。母のくれたお守り。
 どんな思いでこれを持ってきたのかと思うと、ルイシェは胸を突かれたが、静かに首を横に振った。
「これは、リシアにあげたものだよ」
しかし、リシアは手を下げなかった。
「気持ちだけ、いただく、から」
 リシアの強い気持ちがひしひしと伝わってくる。下げる気がないことを見て取り、ルイシェはその小さな手から首飾りを受け取った。部屋からずっと握り締めてきたのだろう、リシアの手の温もりが首飾りに移ってほんのりと暖かい。
 リシアは、ルイシェに首飾りが渡ると、安心したかのように、わっと両手を顔に当てて、号泣しはじめた。
「どうして? どうして? 何で、戦争なんか行くの?」
 リシアには、本当にわからなかったのだ。エクタが言った通り、馬鹿げていると思った。
 ルイシェは、言葉に詰まった。戦争のない国に育った女の子のリシアには、自分の理由はきっとどう言っても通じないだろう、と思う。
「死んじゃやだよ……!」
 聞き取れるか、聞き取れないかのか細い声を、リシアが漏らす。

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