椅子と机が並べられた広い部屋の中、一人の青年……いや、まだ少年と言った方が良いだろうか……が佇んでいた。すらりと背の高い、蒼い目が優しい少年である。
 エクタは、後悔していた。いや、後悔してもどうにもならないのだが、後悔せずにはいられなかったのだ。
 妹のリシアのことである。
 今日をリシアの為に費やすことはやはりできなかったが、せめて別の日に行こう、とフォローを入れれば、あそこまでリシアを追い詰めることはなかったのではないかと思う。
 ばたばたと大きな足音がし、部屋の中へリシアの侍女リーザが入ってきた。エクタに気づくと申し訳なさそうにお辞儀をし、そのついでにひょい、と机の下を覗く。
「エクタ様、申し訳ございません。あの、姫様、どこにも見つからなくて……多分、どこかの部屋に隠れていると思うのですけれど」
 リーザはきょろきょろと辺りを見回しながら、エクタに謝る。
「いや、仕方ないよ。今回のことは僕が悪い。リーザにも迷惑をかけて済まないね」
「そんな……私も、リシア様の気持ち、察しきれなくて、怒ったりして……また、探してきます」
「リシアのこと、頼む。謝りたいからね」
 リーザがぺこりと頭を下げ、部屋を慌ただしく去っていくと、エクタは顎に手を当て、俯いた。瞳に苦悩の色が宿る。
 たった一人の妹さえ守れないで、国を守れる男になれるだろうか、と思う。しかし、現実として目の前にある次期国王としての仕事をおろそかにはできない。どちらかを選べ、と言われれは、無条件でいつもリシアを後回しにしてきた。それは、国政を担う者としては正しいのだろう。が、人間的にどうかといえば、問題があるのではないだろうか。
 今もまた、到着間近の隣国イェルトの王子を迎えるため、この会議室に待機しなければならず、リシアを探しに回れない状況にある。きっと、今頃リシアは一人で孤独に耐えているのだろう。そう思うと、エクタの心は痛んだ。
 父王、イークも部屋に入って来た。イェルトの王子は、もうすぐ到着する筈である。
 イークは椅子に掛け、立ったまま俯くエクタを眺め、軽く溜息をついた。自分に良く似た面立ちに、妻の金色の髪を受け継いだ息子。
 エクタはイークにとって、申し分のない息子である。政治の手腕はまだ十六と思えないものだし、国民からの人望も厚い。彼が次期国王として育てば育つほど、自分の息子という立場からは遠のき、一人の男として扱ってしまう。その彼が、家族の存在を妹に求めていることは痛い程知っていた。自分をもう、父としては見ていないかもしれない、とイークは思った。
「今日はリシアには悪いことをしたな」
 イークは、エクタに話しかけた。
「はい。リシアも、わかってはいるのでしょうが」
「そうだな。リシアがまだ十二歳ということを時々忘れるよ。あの子なりに努力して、王女らしく振る舞っているからなあ……」
「父上、何とか時間を空けて、やはりリシアと三人で出かけられませんか? 今日の穴埋めをしたいのです」
「うむ。その方がいいようだな。マリサ亡きあと、ゆっくりと家族だけで過ごす時間を取らなかったのは、私の責任だ。今は国も穏やかだ。何とか都合を付けてみることにしよう」
「ありがとうございます」
 他人行儀に頭を下げるエクタを見て、イークは淋しげに苦笑した。
「お前とも、家族として語る時間が少なすぎたのかもな」
NEXT
章の表紙に戻る
トップページ