イークが退出した後、ふう、と二人は同時に息をついて、顔を見合わせた。
「やはり、会議は疲れますね」
 エクタが苦笑混じりに伸びをする。そのリラックスした仕草に、ルイシェも微笑んだ。
「僕はこのような場に立つことも珍しいので、それだけでも緊張していたんですよ」
「気疲れなさったでしょう。これからは、僕が相手ですから、気を楽にして下さい」
「はい、そうさせて頂きます」
 二人の間に和やかなムードが漂う。
「それでは、城内を案内しましょう」
 そう言って二人が部屋を出ようとした時、リーザが血相を変えて飛び込んできた。
「エクタ様、大変です……あっ」
 来客中なのに気づき、一度お辞儀をしたリーザはエクタに耳打ちをした。エクタの表情が見る間に変わっていく。
「何か、あったのですか?」
 聞いてはいけないのかもしれない、と思いつつも、ついルイシェは尋ねてしまった。エクタはちらりとルイシェを見ると、俯いた。
「妹が……拐かされました。リーザ、そのことは父上には?」
「まだ報告しておりません」
「それでいい。私が探してみる。それで見つからなかったら、いよいよ父上に知らせねばなるまいな。リーザ、悪いが、今警備兵で何人が内密に動けるか聞いてきてくれないか?」
「はいっ!」
 リーザが慌ただしく出ていくと、エクタはすまなさそうにルイシェに頭を下げた。
「ルイシェ殿、申し訳ありません。妹を……探しに行かなければなりません。城内は、家臣に申しつけておきますので、どうかご自由に散策して下さい」
「エクタ殿……」
 頭を下げたままのエクタの身体が小刻みに震えているのに、ルイシェは気づいた。それが、家族を失うかもしれないという恐怖と、犯人に対する怒りとであることを素早くルイシェは察した。
 そしてその瞬間、ルイシェはあることを思い出した。城の方向から疾走してきた傭兵。ぐったりした少女。
「お力になれるかわかりませんが……僕もお手伝いさせて頂けませんか?」
 短いその一言に、エクタははっとして顔をあげた。さらに、ルイシェは信じられないことを次々に口にした。
「もしかして、リシア殿は青銀の髪ではありませんか?」
「何故、それを……?」
「この城に来る時に、傭兵達が、気を失った女の子を抱えていたのです。気にはなっていたのですが、病気の少女を医者に運ぶところかと……しかし、今考えてみれば明らかにおかしかった」
「何だって、傭兵?」
「ええ。顔も、少し記憶にあります。僕は、長きにわたる戦争の中で生まれ育ちました。それなりの訓練は受けています。何かのお力になれるかもしれません」
 ルイシェはそう言って、呆然とするエクタの前で、腰に差していた剣を抜いてみせた。剣豪と言われる父に厳しく叩き込まれた様々な技は、すっかり身体に染みついていた。
 ルイシェは、今まで戦争に関わる力を持つことが嫌いだった。人を殺すための技術など、いらないと思っていた。が、今、それが人を救う力にもなるかもしれない、ということに初めて気づいたのである。
 エクタは逡巡した。
「しかし……王子を巻き込んだとなれば……」
「大丈夫、私も誰にも他言はいたしません」
 ルイシェの強い意志を見てとり、エクタは頷いた。その青い瞳が、段々力強い光を放ちはじめる。
「わかりました。お願いしましょう」
 今は一人でも人出が欲しかったのだ。今日の朝の後悔が、何百倍にも膨れ上がっていた。もし、リシアが殺されるようなことがあったら、自分は一生後悔してもしきれないだろう、という気がした。
 今、目の前に立っているルイシェは、確かに身体こそまだ大人になりきっていなかったが、筋肉は細身ながらも良く発達していた。また、剣を抜いただけなのに、、実戦さながらの迫力があった。確かに、心強い味方になりそうではある。
「エクタ様。今、動ける人員は四名だそうです」
 戻ってきたリーザが報告する。
「四名か、わかった。すぐに完全武装で待機するように伝えてくれ。あと、私の馬と武具を用意するように。それと、このルイシェ殿も手伝って下さることになった。彼に見合う鎧と馬を」
 手早く次々に出される指示を聞いていたリーザだったが、最後の指示を思わず聞き返した。
「は、ルイシェ様の……ですか?」
「そうです。お手伝いさせて頂きます。できれば軽めの鎧を用意して頂きたい」
「あの、でも……」
 戸惑うリーザに、エクタが安心させるように微笑む。
「大丈夫さ、リーザ。君に迷惑をかけないようにするし、危険な真似はしないと誓う。無理だと思ったら、すぐに父上に応援を頼む」
 リーザは、少し考えていたが、それでも頷いた。
「リシア様のこと……よろしくお願いします」
 そう言ってエクタを見上げたリーザの目には、涙が浮かんでいた。まだ若いこの侍女は、本当にリシアのことを大切に思っていた。エクタは、その想いをよく知っていたから、自分の不安を隠し、力強く頷いてみせた。
「任せておいてくれ」
 エクタの表情に勇気づけられ、リーザは瞬時に有能な侍女へと戻った。
「それでは、ルイシェ様、こちらに」
 ……数分後、馬が数頭、城下町を駆け抜けていった。
 夕暮れの迫る時間、都市は黄金の光に包まれ、幻想的ですらあった。エクタ達の着込んだ鎧は光を反射し、市中の人々の目に鮮やかに映った。まるで絵物語のようなその光景を、人々は記憶に留めようといつまでも眺め続ける。
 しかし、憧れの視線に気づくこともなく、彼らは傭兵達の後を着実に追いつつあった。

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