リシアは、小屋の中で縛り上げられていた。口も布で塞がれ、呼吸をするのがやっとの状態だ。縄が擦れ、手首がびりびりと痛む。
小さく、粗末な小屋だった。中には農具と、干し藁が積み上げられている。リシアは、気づいた時にはもうここにいたのだ。やられた、と思ったが、既に後の祭りで、男達が木の樽を机代わりに酒盛りをするのを、部屋の隅で眺めるしかなかった。飲み始めて大分経っているらしく、小屋中に男達の吐いた酒気が漂っている。
もう、外はとっぷりと日が暮れていた。鳩尾を打った大きな男は外でリシアの見張りをしているのであろう、不在である。
二人の男は、もう身代金が入ると決めてかかっているのか、実に余裕の表情である。リシアは、薄目のまま、男達の顔をしっかりと覚えた。
痩せた、残忍そうな男は、どうやら三人の中でリーダー格であるらしい。腰に数本差したナイフが不気味である。年は三十代後半ほどであろうか。
あと一人の男が、リシアの興味を引いた。目立たない冴えない中年男、というイメージではある。昔はそこそこハンサムであったかもしれないが、放蕩を繰り返していたのであろうか、すっかりやに下がった男だ。問題は、どう見ても彼が傭兵には見えないという点にあった。それどころか、どちらかといえば、元貴族とでも言って良さそうな語り口でもある。酒で大分痛んだ声で文句を言っている。
「まさか、王女様の誘拐とはね。私も焼きが回ったかな。これで、正体がばれでもしたら、一巻の終わりってやつだね」
「これだからお育ちのいい方はよ。ここでびびってちゃ話にならねえ。こそ泥より、よっぽど儲かる話じゃねえか。もうやっちまったんだぞ。もう後悔するには遅えんだよ。それよりも、明日以降、どうやって金の受け渡しをするかを考えねえとな」
痩せた男はきしし、と笑った。
男達は、まだリシアが目覚めたことには気づいていないようだった。リシアは起きたことに気づかれぬよう、ゆっくりと呼吸をしながら男達の会話を聞き続けた。
「城内は今頃、大慌てだろうな。俺達が行く訳にはいかねえ、金を積んで人を雇う」
「裏切られないかね?」
「金の額にもよるさ。最初にある程度渡すんだよ。あとは、裏切りを防ぐ為に、軽く脅しゃいいんだな、これが」
リシアは、その雇用人のことを考え、心から同情した。
「さて、娘はどうする?」
「まあ、金蔓だ。殺しちゃなんねえだろなぁ」
「生かしておくと、面倒ではないのかね? 顔を見られているじゃないか」
二人の視線がリシアを向いたのに気づき、リシアは身体を固くした。起きていることがばれないか、という恐怖に、冷たい汗が伝う。貴族風の男の冷たい口調はリシアを震え上がらせるには十分だった。知らず知らずのうちに、身体がかたかた震えてくる。この男は、保身の為なら、何でもやる男のように思えた。
「おいおい、ダシルワ、簡単に言うなよぉ。人を殺すのはリスクが伴うんだぜ。俺達が娘っこを抱えて街道を突っ走ったのを覚えている奴もいるだろ? 殺されたとなりゃ、追跡の手も厳しくなるぜ。それよりは、金を奪って他国に逃げこんじまった方が早い」
「ふん、そうか。なら、仕方がないが……」
つまらなそうにダシルワと呼ばれた男は呟き、酒を煽った。更に、ぼやきはじめる。
「まさか、国を出る羽目になるとはね。情けないねえ」
「何だよ、元男爵に未練でもあるのかよ」
「いいや、この国の安穏とした雰囲気を私は好んでいたのだよ。ここであれば命の保証はされるからね」
「けっ、糞食らえだ」
酔いがすっかり回った彼らには、小屋の外で起きた異変に気づく余裕はなかった。