森の中に佇む小屋へ通じる、街道を外れた小道を塞ぐように、大男は立っていた。
エクタ達は、目撃情報を伝って、やっとここまで辿り着いたのだ。道の余りの悪さに馬を置き、幾つかのグループに分かれてリシアの跡を辿っていた為、エクタはルイシェと二人という少数であった。
影のような大男の装備から傭兵であることを確認し、エクタは用心深く尋ねた。
「ここを少女が通らなかったか?」
答えはなく、殺気が急速に膨らんだかと思うと、シュッと空気を切る音がした。
ガシュッ!
一瞬後、無防備なエクタを庇い、男の剣を受け止めたのは、ルイシェだった。
ギリギリギリ、と刃が相当の力で擦れる音がする。誰が見てもルイシェの体型的な不利は明らかだったが、ルイシェは一歩も引かなかった。
「ルイシェ!」
「エクタ、早く、人を……」
剣を抜いたエクタに、ルイシェが指示をする。エクタはその意味することをすぐに察知した。この男を殺さずに捕らえるつもりなのだ。今だったら、背中を刺せば男に深手を負わせられるが、それをルイシェは選ばなかった。
エクタは高らかに指笛を吹いた。森の中に澄んだ音が響きわたる。
「甘いなあ、甘いんだよ、ガキめが!」
大男は力任せに、ルイシェを剣ごと弾き飛ばした。
「相手に情けをかけてる暇なんかねえと思い知れ!」
キィィン……
ルイシェに向かって突き立てられようとした剣を、今度は絶妙の間合いで真横からエクタが払った。狙いは逸れ、男の剣は空を切る。
その間に、ルイシェは体勢を立て直していた。間髪入れず、二人はぴたりと、間に男を挟むように剣を構えた。まるで一緒に訓練を受けたかのような手際である。
「妹を……妹をどうした」
エクタが怒りに低く震える声で問いを投げかけた。今や、この男がリシアをさらったことを疑う気持ちはなかった。
「ほう、ってことは、あんたエクタ王子か。王子自ら妹の救出とは痛み入る」
「答えろ!」
ひゅう、と男は口笛を吹いた。さも楽しそうににやにやとエクタの顔を見つめ、黙り込む。それが一番エクタの気持ちを逆撫でするのを計算の上の行動だ。
しかし、その行動が間違いであったことを、次の刹那男は思い知らされた。背後にいたルイシェが、一瞬のうちに間合いを詰め、男の太い右腕に剣の柄を思い切り叩き込んだのだ。
「ぐわっ!」
大男が一瞬緩めた手から思い切り剣を弾き飛ばす。剣は弧を描き、遠くの地面に突き刺さった。
それを見ていたエクタは躊躇することなく男に飛びかかった。男がどう、と倒れると、右腕の関節を後ろ手に極め、相手の動きを封じる。ルイシェが男の目の前に剣を突きつけた時、折良く二人の警備兵が援護に現れた。
「ロープを」
短く指示をし、大男が縛り上げられるのを見届けたエクタは、弾む息を整える間もなく、小道の奥へと走り出した。気づいたルイシェが追いながら、警備兵に具体的な指示をした。
「この奥にリシア殿がおられるようです。あと二人、警備兵が来たら説明して私達の後を追わせて下さい。この男からは目を離さぬよう」
救出劇は今まさにクライマックスを迎えようとしていた。