バン、と大きな音を立てて小屋の扉は開いた。リシアは最初、大男が戻って来たのかと思った。が、そこにいたのは、見慣れた、しかしこんなところにいる筈のない兄の姿だった。
「!!」
 にいさま、と叫んだつもりだった。が、リシアの声は布にかき消され、くもぐった音が出るばかりだった。
 男達がうろたえ、剣を探す隙に、エクタは風のように小屋に滑り込み、リシアを守るように立ちはだかった。
「エクタ……王子!」
 ダシルワと呼ばれていた貴族風の男が、顔面を蒼白にして呟く。
「わかっているなら話が早い。妹を返してもらう」
 男達は完全に戦意を喪失し、逃げだそうとしていた。武力に関しては大男に一任していたらしい。あたふたと戸口から脱出しようとして、ぴたりと男達は足を止めた。
「逃げようとは……卑怯な」
 そこには、ルイシェが立ちはだかっていた。少年ではあるが、隙のないその姿勢に男達は脂汗を垂らした。目だけでどうするかを相談している様子がうかがえる。
「投降しろ。逃げれば……命の保証はしない」
 エクタが冷たい声で言い放った。リシアは驚いた。いつも優しい兄が、そんなことを言うとは思わなかったからだ。
 僅かな睨み合いが続いた。男達は剣を抜いたまま、斬りかかろうか悩んでいるようであった。が、国家転覆まで狙っているわけではなかった彼らにとって、エクタという人間は手を出すには危険すぎる相手だった。
 最終的に男達の逡巡を断ち切ったのは、ルイシェが後から追わせた警備兵の到着であった。
「わかった……わかったよ」
 男達は、剣を投げ捨て、手を上に挙げた。万事休す、とはまさにこのことであった。少なくとも、今この状況下、逃げて命を失おうと思うほど二人とも馬鹿ではなかった。今、逃げたとしても、事は大きくなるだけだ、と彼らは予想したのだ。
 警備兵達は二人をエクタとルイシェ、そしてリシアの見ている前できっちりと後ろ手に縛り上げた。
「先に戻り、城の地下牢に入れておいてくれ。後で詳しく話を聞くことにする」
 剣をしまいながら、エクタは警備兵に告げた。警備兵達は短く敬礼をすると、男達を小突くようにしながら小屋から出ていった。
 小屋の中で三人だけになると、エクタはすぐにリシアの戒めを解いた。
「兄様! 何で、こんなところに……」
 声を出せるようになってすぐのリシアの問いに答えもせず、エクタはリシアをぎゅっと抱きしめた。存在を確かめるように、しっかりと妹の身体を包み込む。
「兄様?」
 リシアは、戸惑いながらその抱擁を受けていたが、肩の辺りに、暖かく湿ったものを感じて、言葉を失った。
 エクタが、泣いている。母を失った時でさえ気丈に涙を見せなかった兄が、自分の為に泣いているのだ。

NEXT
章の表紙に戻る
トップページ