デュアグ陣営では勝利の気配に酔いしれていた。
「これも、あなたのお陰だ、カローム」
 哄笑しながら、大将のレプスがバルファン教の僧侶カロームの肩を叩いた。
 妖術士は目だけを出し、全身を黒いローブと頭巾に包んでいた。僅かに覗くその目は、人間離れをした冷たい輝きを帯びている。
「バルファン様の為の……生け贄を……得るためだ……」
「そうだったな。幾らでも捕虜を生け贄にしてくれ。あそこの陣営にいる奴らも、できるだけ殺さずに捕獲すればいいのだろう?」
「そう……だ」
 レプスは、内心このカロームを恐れていた。人間らしい感情、というものが殆ど感じられない。妖術というのも、全く訳がわからなかった。が、どのような方法を採ったにせよ、彼一人の功績でデュアグ軍が優勢に立ったのは間違いがない。この土地を確保するという契約を守りさえすれば、こちらには一切害が及ばない筈である。
 カロームと一緒に、敵軍の大将ロージョ王子を討ちに行った時のことを考えると、レプスは思い出すだけで気分が悪くなった。敵の混乱に乗じ、本陣に乗り込んだ彼らは、警備兵を蹴散らすとロージョの前に立った。ロージョは自信満々の笑みを浮かべ、剣を抜き放った。
 と、その表情がいきなり強張る。
 カロームの、低く続いていた不気味な呪文がロージョの身体の自由を急速に奪っていたのだ。
 そして、ロージョはいきなり悶絶し始めた。口から血が吹き出る。
「バルファン様の……生け贄と……なれ」
 呪文の中に、そのような言葉が聞き取れたかと思うと、次の瞬間、ロージョは大きくびくりと痙攣し、動かなくなった。
 目を塞ぎたくなるような、惨たらしい死に方だった。
「何を……した?」
「バルファン様の御許に……彼は送られた。……祭壇でなかったのが……残念だ……」
 いつも通りの、平静な声。日常生活の一部としてそれを行っているのが、ありありとわかる。レプスは、その時、本気で恐怖した。
 今も、レプスは自分が訳の分からない呪文によって命を取られないか、と警戒しながらカロームの側にいる。王の命令だから一緒にいるが、本当は同じ場所で呼吸するのも嫌だった。早く戦争を終わらせ、縁を切りたかった。
 内心、びくびくしながらカロームを煽てるレプスの前で、いきなりカロームがガバ、と立ち上がった。
「どうした、カローム?」
「邪魔が……」
 その目が、初めて表情を浮かべていた。怒りか、困惑か。
「誰だ……誰が……」
 カロームはそれ以上何も言わずに、さっとデュアグ軍本陣のテントから出て、自分のテントへと戻った。自分の障害を取り除く為に。

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