「うぁっ!」
 ルイシェは思わず叫んでいた。目の前に一瞬閃光が走り、自分のものでないような熱い痛みが、全身を駆けめぐる。鉄杖は、鎧をへし曲げ、中のルイシェの腕も折っていたのだ。
 ずきん、ずきん、ずきん、ずきん。
 視界が歪むような痛みに耐えながら、第二撃を避け、間合いを大きめに取る。ルイシェは右手だけで剣を握った。
「ルイシェ様!」
 セルクが、ルイシェを心配して駆け寄ろうとする。が、レプスに剣をちらつかされ、その場に留まる。
 身体全体で呼吸をし、脂汗を垂らしながらも、ルイシェは闘志を失っていなかった。しかし、両手で受けて精一杯だったあの鉄杖を、片手で受け止めることはできないことは明白だ。
 ならば……防御を捨て、攻撃するしかない。
 ルイシェは正面から剣を構え、カロームを睨み付けた。じりじりと距離を縮めていく。カロームも、ルイシェを今度こそ叩き潰そうと、鉄杖をゆらゆらと不気味に揺らしながら一歩一歩近づいてくる。
 激しい睨み合い。それぞれの感情が、視線上でぶつかり、更に燃え上がる。
 カロームは自分と、自分の信じる神の為に。
 ルイシェは国、そしてリシアとの約束の為に。
 次の刹那、二人は交差した。
 ザザッ!
「あっ!」
 見守っていたレプスとセルクは、声を上げた。何が起こったのかは、昇ったばかりの朝日の影になって、見えなかった。しかし、勝敗が決まったらしいことだけはすぐに分かった。
 ルイシェとカロームは、同時に膝をついていた。
「……」
 次に、上半身までがくりと崩れたのは、ローブの男、カロームであった。そのまま地に伏す。血が、物凄い勢いで地面に流れ出していく。
 カロームは全身を駆けめぐる激しい痛みと、身体の隅々から押し寄せてくる寒さに、死の前兆を感じていた。
 少年の動きは、思った以上に素早かった。きらりと剣に朝日が反射したと思った時には、既に胸部を深々と刺されていたのだ。
「……あまく、見たか……」
 身体に受けた傷と反し、カロームの胸に渦巻く黒い感情は、更に強くどろどろと煮えたぎっていた。バルファンの僧侶として、このような負け方は許されなかった。バルファンの反逆者を、許せなかった。
 徐々に抜ける命を感じながら、カロームは全身全霊の力を込めて、呪いをルイシェに掛けた。最もルイシェに効果的な呪いを。
「……ネルガ……許してくれ……先に逝く私を……」
 いもしない、女性の名前だった。そう、カロームはルイシェの情を利用し、その良心を滅茶苦茶に壊す、最後の攻撃に出たのであった。
 ルイシェの表情が、みるみる変わった。カロームはそれを見て、顔には出さず嗤った。一矢報いた手応えを、確実に感じたのだ。
 次の瞬間、カロームの意識はふつりと途切れた。
 身体が死の痙攣を何度も何度も起こす。びくり、びくりと、まるで人形のように。
 そして……その痙攣が止んだ時、カロームはただの肉の塊になった。
 呆然と立ち尽くすルイシェ、そしてセルクとレプスを残して。

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