リシアにとって一日千秋の日々が過ぎていた。ルイシェのことを過剰に心配することはもうしなかったが、それでも心配なことには変わらなかった。時間は遅々として進まないように思えて、ふと気が付くといつもルイシェのことを考えてしまう。
表面上、元気に振るまってはいたが、一人になると不安と心配で泣いたりしていることは、近くにいるリーザやエクタは良く知っていた。
そんなある日、珍しくエクタが息せききってリシアの部屋に飛び込んできた。
大人しくリーザから刺繍の手ほどきを受けていたリシアは、手を休めて上を見上げた。
「どうしたの? 兄様、そんなに慌てて」
不思議そうにリシアは兄に尋ねる。それに答えたのは、エクタの笑顔だった。リーザが持ってきた水を一口飲むと、エクタは抑えきれない様子で早口に報告をした。
「リシア、先程、情報が届いた。イェルトがデュアグに勝ったそうだ。ルイシェが行ってすぐ、形勢が逆転して、戦争はイェルトが勝ちを収めたとのことだ」
まるで予想もしていなかった話題だったため、一気に語られたその内容がリシアの頭に浸透するのに、少しかかった。小首を傾げたまま、少し動かなくなる。
が、数秒後、何が起こったかわかると、リシアの表情がみるみる明るくなった。
「兄様、それじゃ……」
「勿論ルイシェも無事だとの情報が入っている」
「ほんと!?」
リシアは居ても立ってもいられず、蒼い目を歓喜の光で一杯にすると、ぱっと立ち上がり、その場でぴょんぴょんと飛び跳ね、叫んだ。
「やったあ! ルイシェ、生きてるのね? 戦争、勝ったのね? お手紙一通しか書かない間に勝っちゃうなんて、ルイシェ凄い!」
ぐるぐると兄とリーザの周りを飛び跳ねながら、嬉しさを全身で表現する。その様子を、エクタとリーザはくすくすと笑いながら見守る。だが、エクタは少し表情を締めた。
「確かにルイシェは無事なんだが、戦闘中左腕を骨折したそうだ。しばらく完治にはかかるらしい」
それを聞くなり、リシアの表情が嘘のように曇る。
「骨折……大丈夫なのかしら? ルイシェ、痛がってるんじゃないかな……」
「まあ、生きているんだから大丈夫さ。骨折以外に異常はないようだ。それよりも、早馬がこれをリシアにと運んできたよ」
エクタは勿体ぶりながら、服の合わせ目から何かが入った封筒を取り出した。
リシアの瞳が再び輝きを増す。
「ルイシェから? 私に?」
頷くと、エクタはリシアに恭しく手紙を差し出した。リシアも、まるで王冠を初めて渡された時のように、大事そうに封筒を受け取る。少し重いその封筒の中に、何が入っているのか、リシアにはもう分かっていた。
早速封を切ろうとして、リシアははっとした。兄とリーザをかわるがわる見つめる。照れたような、何かを懇願するような目つきである。
リーザがすぐに気が付いて、笑顔で立ち上がった。
「はいはい、お一人で読みたいのですよね? エクタ様、参りましょう」
急かされて初めてエクタは、自分がこの場にいてはいけないことを知らされる。
「えっ、僕も駄目なのかい?」
エクタが驚いて問う。リシアは必要以上にいかめしい顔つきをして、こくりと頷いてみせる。エクタは妹の表情に吹き出した。リシアがどれだけルイシェを心配していたか知っている以上、仕方がないとすぐに思えた。
「全く、ルイシェも隅におけないな。あんな真面目な顔をして、リシアを夢中にさせているんだから。兄としては少し複雑な心境だ」
エクタは肩を竦めつつ綺麗なウインクを一つ決め、リーザに急かされて部屋を後にしたが、その表情は明るかった。