リシアは笑顔で二人を見送ると、扉の閉まる音がするなり、息を深く吐いた。早く読みたいような、読みたくないような気持ちで机に向かう。
 きちんと椅子の上に腰を掛けてから、胸をときめかせて封筒をじっと見る。裏にはルイシェ、と名前が書かれていた。ふふっ、と自然に笑みがこぼれてしまう。
 リシアは、もどかしい気持ちで赤い封蝋を爪で剥がした。ぺりぺりと音を立てて、蝋は綺麗に剥がれ落ちた。
 片手を慎重に添えて、封筒を注意深く逆さにすると、さらっという音と共に、あの首飾りが出てきた。蒼い、美しい宝石のついた、銀色の首飾り。リシアはそれを机の上に丁寧に置いて、中に入っている便箋を取り出した。
 二つに折り畳まれた便箋の中には、短い文章が記されていた。

 リシアへ
 首飾りを返します。
 ありがとう。
 ルイシェ・レーヴイナス・イェルト

 リシアはそれでもとても嬉しかった。お返事はいいから、と言ったのに、ルイシェは短くとも返事をくれたのだ。何度も何度も手紙を読み返す。自分の悪い予感が杞憂に終わって、良かったと思った。
 文字も、ルイシェらしいきちんとした文字だった。少し所々震えているように見えるのは、左腕の怪我の影響だろう、とリシアは思った。
 何度読んでも同じことしか書いていないのに、何度も何度も文字を追いながらリシアはルイシェが生きている実感を噛みしめていた。ルイシェの柔らかな、落ち着いた声がすぐ近くで聞こえてきそうだった。
 しばらくの間、手紙の皺まで覚えてしまう程読み返し、やっと満足したリシアは、手紙を丁寧に折り直し、再び封筒に入れた。そして、ルイシェと一緒に戦場に行って来た、蒼い宝石を手に取る。
「あれ?」
 リシアは、その時になって初めて違和感を覚えた。
「こんな色だったっけ?」
 リシアが覚えているよりも、宝石の色は少し赤みがかって、暗い色に見えた。もっと突き抜けるような明るい蒼だと思ったのは、気のせいだろうか。そっと、手で宝石を撫でてみる。
「多分……気のせいだよね……」
 小さく呟き、ささやかな疑念を打ち消すように、自分に首飾りをかける。
 それから、便箋を取り出し、ペンを握ったまま、リシアはルイシェへの手紙を考え始めた。
 机の側にある窓から見える外は綺麗に晴れ渡り、爽やかな空気が流れている。この気持ちのいい外を、ルイシェと一緒に歩けたらいいのに、とリシアは思った。行ったことのない、イェルト国のことを考えながら、リシアはペンを走らせた。

ルイシェへ
 お手紙ありがとう、大事に読みました。首飾りも、受け取りました。ルイシェが約束を守ってくれて、本当に嬉しかったです。
 でも、怪我をしたと聞きました。骨折って、痛いよね? 大丈夫?
 私の方は、いつも通りの日々を送っています。最近、国際関係の授業を真面目に聞くようにしてます。イェルト国のこととか、全然知らなかったけれど、ちょっとずつわかってきたの。国によって本当に政治が違うんだな、と初めて知りました。
 今度、エルス国に立ち寄る時には是非連絡してね。また、一緒に遊ぼうね。
 早く腕、治るようお祈りしてます。お母様にもよろしく。リシア・ウィナード・エルスより。

 リシアは手紙を書き終わると、しばらくそのままじっとしていた。その顔から笑顔が消えていた。
 何故か、宝石の色の変化が気になっていた。気のせいだったのならばいいのだが、でもやはり色が変わった気がする。自分の目の色にそっくりだと思ったのに、今の宝石の色はもっと赤が混じっている。
 戦場で何かあったか、何度も追伸で尋ねようかと思ったが、それはできなかった。
 リシアには、自信がなかったのだ。
 たった二,三日の間滞在しただけのルイシェ。自分はその間に、命を助けられた。それだけでも、自分には強烈な存在になっている。それだけではないのだけれど。
 だけど、ルイシェは違う、とリシアは思った。
 ルイシェは各国を回っていたという話を、誰かから聞いた。エルス国の二,三日の滞在など、その中では僅かな時間に過ぎない。きっと自分も、その中の些細な思い出なのじゃないだろうか、リシアはそんな風に考えずにはいられなかった。その自分が、立ち入ったことを聞くことに躊躇いがあった。
 だから、リシアは手紙を机の上に置いたまま、青い空に浮かぶ白い雲をじいっと見つめていた。この空は、イェルトにも続いている、と思いながら。

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