〜Intermission〜
エクタは、エルス国の紋章の付いた馬車の中にいた。年に何度かは行く、いつもの外交である。
しかし、今回の外交はエクタにとっては特別だった。向かう先が、イェルト国だったからである。外交自体は、親睦を深めるといった程度の内容だったが、ルイシェに会えることはエクタにとっても楽しみだった。
指をくわえんばかりのリシアに、散々「ルイシェによろしくね」と言われ、旅立ってから数日。イェルトの首都イェルティに到達していたエクタは、馬車の窓から街並みを眺めていた。
交易の豊かなエルス国とは違い、市などはそれ程立っていない。売っている物も、生活必需品が多いようである。黄色みのかった白い煉瓦でできた家々は、戦争の多い国らしく厚い壁で覆われ、外観も地味だった。
他の国も少しは見ていたエクタであったが、イェルトに来てまず一番初めに感じたのは、人々の気力の乏しさだった。昼間だというのに、人々の顔にはどこか明るさが欠けている。
男は一生のうち何度も戦争に駆り出され、生きて帰って来られれば御の字。勝とうが負けようが、一般市民には関係ない。いつ戦争で家族、または自分が死ぬかわからない。明るくなりようがないのかもしれなかった。
エクタは、暗澹たる気持ちになった。他国の事情に口出しすることは許されないが、これがもし自分の国であったら、何かせずにはいられなかったろう。ルイシェは一体どういう風に考えているのだろうか、とエクタは思った。
馬車は進み、王城の跳ね橋を渡った。イェルティの北側、穏やかな川を天然の堀にして、王城は建っている。街並みと似て剛健な作りになっているが、質実という訳でもなく、王城の財力を示すかのように、時々そぐわぬ、値段だけは高そうな彫刻がぽつりと置いてあったりする。
「まさか、ルイシェの趣味じゃないだろうな」
苦笑を浮かべながら一人ごちる。
城内に通され、応接室に案内される。エクタの姿を確認するなり、部屋の前で控えていた総装備をした衛兵が、踵をカン、と音を立てて揃え、甲高い一本調子の声をあげる。
「クリウ王、エクタ王子がお見えであります!」
その余りにも軍隊風の出迎えに、エクタは衛兵に悟られぬ程度に、少し眉を顰めた。やはり、自分の肌には合わないと思ったのだ。
扉がすうっと開き、部屋に誘われたエクタは、深々と息を吸い込み、礼をした。
「この度はお招きをどうもありがとうございます。エルス国王子、エクタ・ウィナード・エルスです」
顔を上げると、大きな椅子に、黒い髪をした、いかつい大男がいるのが見えた。王冠をかぶった威風堂々とした姿から、クリウ王であることは間違いなかった。ルイシェとは、全くと言っていいほど似ていない。黒い髪も、ルイシェのさらさらの髪とは質が違って、硬く跳ね上がっている。
クリウは、冷たさすら漂うその灰色の瞳でエクタを眺めた。金髪で蒼い瞳の、生真面目そうな表情を浮かべる少年を見て、クリウはにやりと口の端を吊り上げた。思ったよりも、骨のありそうな少年だ、と思ったのだ。大人にはなりきっていないが、動きや言葉の端々に、若き獅子のような強さがあった。事によれば、イーク王より傑物になるかもしれない。
「そなたがエクタ王子か。儂がクリウだ。来国を感謝する。先デュアグ戦では、食糧と武器の援助を頂き、感謝しておる。ルイシェから話を聞いた」
クリウの重々しい言葉に、少年は素直な微笑みを浮かべた。
「友人に対する、当然の行為です。多少なりともお役に立ったのならば幸いです。……ルイシェ殿は、お元気ですか?」
「ああ、ルイシェか。後で、客室に向かわせよう。イーク王ともしばらくお会いしておらぬが、お元気か?」
「はい。父からもクリウ王に呉々も宜しくと伝言を預かっています」
無難な会話が続く中、エクタはクリウ王の印象を修正していた。周囲の話から聞く彼は、戦闘好きで粗暴なイメージがあったが、目の前の男は違った。洒落た会話などはしないだろうが、その言葉は一つの信念に裏打ちされ、芯が通っている。ルイシェが何故、戦地に赴くように言われた時にすぐに従ったのか、エクタは少し理解できる気がした。少なくとも、何も考えずに戦争をするような王ではないと思った。
しばらくの歓談の後、クリウ王は仕事の為に辞し、エクタは衛兵に連れられ、客室へと案内された。
慣れているとはいえ、初めて訪れる国では流石に緊張もする。エクタは自然と溜息を漏らした。そして、少しでも旅の疲れを癒やそうと、ソファに身を沈めたか沈めないか、という時。
扉が前触れもなく、バン、と開かれた。驚いて振り向いたエクタの目に、尖った鼻が神経質そうな、焦げ茶色の髪をした中年の女と、のっぺりした顔の少年が映った。女が、エクタの顔を見るなり、キンキンと甲高い声を上げる。
「まあ、あなたがエクタ様? 何て利発そうで凛々しいのかしら。何ていう綺麗な金の髪!信じられない程蒼い瞳! どこぞの烏色の頭の王子とは大違い」
唐突な登場に、エクタが何も言えずに驚いていると、女はぐいとエクタの手を握り締めた。鬱陶しいくらい甘い匂いの香水と、それに負けず劣らず甘ったるい声がエクタに向けられる。
「私はこの国の第一王妃レイナ。この子は第三王子ライク。どうぞ仲良くしてね」