セリスが飛ばした精霊が戻ってくる頃には、ミーファはすっかりエクタにべた惚れしてしまった様子だった。段々エクタへの質問が多くなってくる。セリスに聞こえないようひそひそ声のつもりらしいのだが、怒鳴るようなひそひそ声なので、全てセリスの耳にも届いてしまっている。
「エクタおにいちゃんは、およめさんいるの?」
「まだいないんだ。残念だけど」
「えと、じゃ、『こいびと』は?」
「それもいないよ」
「ほんと? じゃ、ミーファがなってあげよーか?」
 目をキラキラさせて、リンゴのようなほっぺを更に赤くしてミーファが申し出る。流石にエクタがどう答えていいものかと言葉に詰まったところで、堪えきれなくなったセリスがぶっと吹き出した。
 再びキッとセリスを睨み付けるミーファ。
「悪ぃ、悪ぃ。いやー、女の子ってのはおませだね。それより、ミーファ。お前んちの方向、大体わかったぜ。そろそろその兄ちゃんを虐めるのよして、お袋や親父のところへ戻ろうぜ。大分心配してるようだ」
 親の事を言われるなり、ミーファは自分が迷子であることを思い出したらしい。急に心細げな顔になり、エクタの服にしっかりとしがみついた。
 その動作を見て、エクタはふと、切なくなった。リシアも幼い頃よく、こうして自分の服の裾にしがみついていたのだ。どこに行くにもはぐれないように。その小ささからは考えられないような強い力で、一生懸命。まるでエクタしか頼る者がいないかのように。
 守らなければいけないと思った、大切な妹は、もう自分の手を離れた。
 喜びの方が強いことは、疑いがないのに。
 一方の事実では、一緒に住んでいる者が一人一人いなくなっていく。そうでなくても、たった四人しかいなかった家族。
 そっとミーファの頭を撫でる。失った過去を懐かしむが如く。
「エクタ。行こうぜ」
 急に淋しげな目になったエクタにセリスは気づいていたが、殊更無愛想に、一人で歩き出した。
 エクタの気持ちなど、顔を見ただけでわかる。だが、ここで自分が同情したところで、エクタの中で何が変わる訳でもない。自分も家族を失ったことがあるからこそ、セリスはそう思っていた。
「うわ、勝手に行くなよ」
 さっさと歩き出したセリスの後を、我に返ったエクタがミーファを両手で抱き上げて追う。ミーファがいきなりお姫様だっこをされたことに相当驚いたらしく、目をまん丸にしていたが、また明るい笑顔でキャッキャッとはしゃぎ始めた。
 そして再び、エクタ達は街の中にいた。
 市の活気は、国の経済が良好であることを示している、といつもエクタは思う。
 が、ミーファを抱えた今、再びの混雑をエクタは少し恨んでいた。大体、お姫様だっこで渋滞に突っ込むなど、無理な話なのだ。ミーファの頭が他の通行人にぶつからないようにするだけで、かなり気を遣う。
 四苦八苦するエクタを見るに見かねたセリスが、比較的空いている道の端に寄り、両手を差し出した。
「しょうがねえなあ。エクタ、ほら、ミーファ貸せ」
「ええ、やだよう」
 エクタが助かった、と言うよりも先に、ミーファが大きな声で激しい抗議をする。
 その余りのうるささに、セリスがぐっとミーファの顔に、自分の顔を近づける。エクタとは全く質の違う、神秘的な美しさを持つ顔をしている、ということに、下からしかセリスを見られなかったミーファは初めて気づいたのだろう。セリスの眉が軽く顰められているにも関わらず、ぽかん、と見とれた。
「あのな。俺だって嬉しかねーよ。けど、家帰りたいんだろ、お前? 諦めろよ」
 セリスが出した妥協案を、ミーファは聞いていなかった。自分の頭の中で何かが符号したらしく、ひどく納得した表情を浮かべている。
「セリス、おねえちゃんだったのお? はやく、いってよ」
「!」
 ひくり、とセリスの頬が引きつる。女性に間違われるのはいつものことなのだが、流石に今頃この反応がくるとは思っていなかったらしい。
「だから、おこったんだあ。ミーファが、エクタおにいちゃん、とったから。ごめんねえ」
「違っ!」
「てれなくていいよ。でも、セリス、くちわるいねえ。おとこのひとかと、おもっちゃった」
「俺は男だっつーの!」
「わかったわかった。ミーファ、セリスでいいよ」
 まるで大人と子供が逆転したような目の前の光景に、エクタは吹き出したいのを堪えた。実際、通行人は笑いながらこのやりとりを見ている。
 セリスの白い頬に、みるみる朱が走った。エクタの腕から降り立ったミーファを、物も言わずに両腕に抱え、肩車にしてしまう。そしてそのまま立ち上がり、ずんずんと歩き始めた。エクタは慌てて二人の後を追う。

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