肩車をされ、ミーファはすっかりご満悦だった。
「うわあ、たかあい! むこうまでみえる!」
「お前みたいなデカい子供、女に肩車できるかっ! だから男だって言ってるだろ!」
 先程のミーファの勘違いが余程堪えたのだろう、セリスが吐き捨てるように言った。その瞬間、通り過ぎた老婆が驚いた表情で、隣にいる老爺に大声話しかけた。
「最近の若い母親は、弱くなったと思っとが、間違いじゃのう。それにしてもまあ、口の悪いこと」
「長生きすると、色々なことがあるさのう」
 セリスはぐっと言葉に詰まると、気を落ち着かせようというのか、深呼吸を二、三度繰り返した。
 その様子を笑いながら見ていたエクタも、ふと不安になる。まさか自分が父親に見られていなければいいが、と。実際、そう見られていることを知ったら、エクタはしばらく落ち込んでいたかもしれない。絶対男であるセリスと夫婦には見られたくないし、ミーファほどの子がいる年にも見られたくない。
「ねー、セリス、エクタおにいちゃん、あれ! あれ!」
 突然ミーファが素っ頓狂な声をあげた。
 上に大きな荷物を抱えているセリスは辺りを見回せない。長身のエクタが代わりに首を伸ばし、ミーファの指さす方を眺めた。
 そこには、明るい桃色をした、小さな屋台があった。何人もの子供達が指をくわえて、屋台の中を覗き込んでいる。中心では、男が棒を持ち、何かの装置のようなものの中で、ぐるぐると縁を描くように腕を回していた。
「セリス、あれ何だろう? 棒の周りに雲みたいのができてくんだ……あ、子供が食べた」
 エクタもミーファと一緒に、心から驚いている。市に何度か出たとは言っても、王子であるエクタは、食物を出す屋台には縁がない。だがセリスはピンときたようだ。
「多分そりゃ、綿菓子だろ? 最近、どっかの商人が別の国で製法を学んだってさ」
「へえ、お菓子」
「パパもママも、かってくれないよ。でもみてるのも、たのしいよ」
 ミーファは何度かここに着たことがあるらしい。得意げに低い鼻をひくつかせた。その表情が余りにも可愛らしくて、エクタはつい微笑んだ。
「そっか。ミーファ、食べてみたい?」
 尋ねてみるなり、ミーファの顔がぱあっと輝いた。しかし、その後一瞬にして曇ってしまう。
「でも、しらないひとから、たべものもらっちゃ、だめって……」
 親にしっかり躾をされているらしい。エクタはその様子に感心しながらも、ミーファに綿菓子を食べさせてやりたい一心で、説得を始めた。ミーファの様子を見れば、本当は食べたいことなどわかりきっている。
「そうか。偉いね、ミーファはちゃんとお父さんやお母さんの言うこと覚えていて。でもね、僕やセリスとミーファは、もうお友達じゃないのかな?」
「うん。ともだち」
「じゃ、ミーファはお友達からお菓子もらったら、駄目ってお父さんとお母さんに言われた?」
「ううん」
 ミーファの表情が段々明るくなっていく。エクタは満足そうに、にっこりと笑った。
「それじゃ決まりだね。セリス、道端でちょっと待っててくれないか。買ってくる」
 言うなり、人混みをかき分け、すぐに見えなくなってしまう。セリスは溜息をついた。
「ったく、子供甘やかしてもいいことねーのに」
 ミーファに聞こえない程小さな声で愚痴ってから、言われた通り、道端に寄った。ミーファはセリスのことなど、全く気にも留めない。エクタがくるのが待ちきれなくて、今からセリスの頭の上で踊りだしそうな勢いである。今までは余り話していなかったセリスに向かって、舌足らずな口調で語りかける。
「セリスぅ、わたがしたべたことある?」
「いや、ねえな。でも、甘いって話だぜ」
「そうだよねえ。いいにおい、するもんねえ。あれ、ほんとはくも?」
「さあな。砂糖でできてるって聞いたことがあるけどな」
「わあ、おさとうのくもなんだあ!」
 ミーファの興奮が最高潮に達した頃、エクタが三つの綿菓子を守るように、人混みから現れた。
「結構高いんだね。貰った小遣いが半分以上無くなった」
 驚いた様子で、肩車から下ろされたミーファに一番大きな綿菓子を渡す。セリスは凝った首を回しながら、呆れたように言った。
「そりゃそうだろ。三つも買うか、普通?」
「あれ、セリスいらなかった?」
「いや、買っちまったんなら、貰うけどな」
 ミーファには既に、エクタとセリスの掛け合いは耳に入っていなかった。うっとりと、自分の手に持たれた綿菓子を眺めている。遠目には白い雲のようだったが、近くで見ると、まるで細い金糸と銀糸が絡み合っているようである。太陽の光を受けて、綿菓子はミーファの目に、今まで見たこともない程美しいものに見えた。エクタの髪と、セリスの髪でできているみたいだ、と思った。

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