「これ、ほんとにたべていいの?」
不安になって、ミーファは二人に尋ねる。二人は当然、といった様子でにっこりと頷いた。
恐る恐る口を開けて、大きな白い塊に顔を近づける。
唇に、柔らかい感触。
次の瞬間、ミーファの舌の上で、一瞬にして軽い甘さが弾けた。
「!」
どんぐりのような茶色の目が、更に大きく見開かれる。
「エクタおにいちゃん! セリス! これ、ほんとのくもだよ!」
言うなり、ミーファは一生懸命綿菓子を頬張りはじめた。
くすくすと見ていたエクタも、ミーファの言葉につられるように綿菓子に顔を寄せる。すぐに、その蒼い目が瞬かれた。
「ほんとだ。甘い雲を食べてるみたいだ。口の中ですぐに無くなる。綿っていうより、これは雲だよ」
「凄ぇ、こりゃ話題になるわけだな」
ほぼ同時に口にしたセリスも、感嘆の声をあげる。今まで口にしたどんな菓子とも違う食感。三人は瞬く間に、綿菓子を平らげてしまった。
ミーファは今食べたことが信じられない、というような放心状態で、顔をべたべたにして二人の顔を見上げている。エクタとセリスは顔を見合わせて苦笑した。
思わぬ寄り道をしてしまった三人は、ついでだから、と噴水にも立ち寄った。
白い石でできた噴水は、市民がイーク国王に願い、数年前に完成したものである。観光都市の側面も強いネ・エルス市の中でも、王城などに続いて人気の高い場所であった。
この日も、たくさんの観光客、地元民で噴水は賑わっていた。水が自由自在に戯れ遊ぶ様は、エルス国の豊かさの象徴にも思える。
「ミーファ、ここママとパパに、つれてきてもらったことあるよ!」
ミーファは嬉しげに叫び、噴水を指さした。
「あのね、ミーファ、おとうとと、て、つないでね。これ、見たの」
「そうなんだ。ミーファは噴水、好きなの?」
エクタが問いかけると、ミーファは当然、と言ったように頷いた。
「うん、好き。だって、綺麗だもん」
この噴水の建設の決裁には、エクタも関与している。国民からの要望とはいえ、建設にはかなりの金額が必要であった。建てるか建てないか、大分当時は迷ったものだったが、ミーファの笑顔を見て、エクタは嬉しくなった。それにここに集う他の人々も、皆目を細めて噴水を楽しんでいる。
「それよりも、これ何とかしようぜ。俺も手ぇ、ベタベタだ」
しかしエクタの感慨など気にも留めず、もう我慢がならない、というようにセリスが情けなさそうに両手を振った。エクタとミーファはその仕草がおかしくて、一緒に笑い転げた。
「わかったよ。こっちに湧き水がある筈だ。行ってみよう」
エクタは設計書を何度も見ていたし、噴水が完成した時に、一度ここを訪れている。勝手知ったる何とやら、で歩き出した。
湧き水は噴水からやや離れた場所にあった。地元民が洗濯をしたり、飲料用に汲んだりしている。
エクタ達はその人々の邪魔にならない場所を選ぶと、水に浸した後固く絞った布でミーファの顔を拭き、その後手を全員で洗い始めた。
「ここのおみず、ふんすいとおなじ?」
ミーファが尋ねるとエクタは微笑んで頷いた。
「うん。そうだよ。王様の住んでいるお城の裏に流れている川から、水をひいているんだ」
「へえ、すごいねえ」
ミーファが水を手に掬い、感心しながら見とれる。水はミーファのぷくぷくした手の間から、光をきらめかせながら落ちた。
「きれいね。おみず、きれいね」
ミーファがにゅっと笑う。エクタもセリスも、微笑まずにはいられなかった。
「さあて。綺麗になったところで、そろそろミーファを送ろうぜ。もう、帰っていいころだ」
ミーファが水遊びに飽きたところで、セリスが手を打って提案した。ミーファが頷き、当たり前のようにセリスに向かって両手を伸ばす。
「げ、また肩車かよ」
「うん」
「しょうがねえなあ」
セリスは屈むと、再びミーファをひょい、と持ち上げた。
そして三人は再びミーファの家を目指した。
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