〜結婚式〜

 王の戴冠が決まったイェルト国の第二王子であるルイシェと、エルス国のリシア姫の結婚式が、いよいよ執り行われることになった。アリアーナ大陸中……いや、世界中がその話題で持ちきりである。大国の若い王子と王女の純愛は広く世間に知られていて、女性達の目を輝かせていた。一方、二人の結びつきによる政治的な意義は、世の男性達に話題を提供し続けている。
 いずれにせよ百年に一度あるかないかの、世界中が憧れる大ロマンスとして、二人の結婚は注目を浴びているのだった。
 エルス国から、花嫁行列をするリシア達の到着から数日前。結婚式に参列する為に、エルス国の主立った人々が、一足先にイェルトに向けて出発していた。
 国王であるイークをはじめ、三大エルス公家である、レイオス公爵家のテイル、ユーシス家のセリス、タランス家のサリナ一家。血縁の強い侯爵、伯爵家の面々。それにリシアのごく身近に仕えていた侍女リーザ……。
 リーザは若き公爵テイルやセリスの乗る馬車に、二人の世話をするという名目で乗り込んでいたが、その実態はほぼ反対になっているといえた。いや、正確にいえば、テイルがリーザの世話に追われていたといえよう。
「うっうっ……姫様……」
「ほら、泣かないで。リシアのあの幸せそうな顔、見ただろう? 幸せになる人を涙で送っちゃ、いけないよ」
 テイルが困り果てた顔でリーザにまた新しい手巾を渡す。一日に五、六枚は用意しておかないと、すぐに涙でビショビショになってしまうのだ。
「だ、だっで、姫様と、これからは一緒に゛……一緒に゛暮らせな゛い●ですよ」
 美女も形無しの鼻づまり声で、リーザが受け取った手巾を握りしめる。鼻が詰まって良く聞き取れない「●」の部分には、「ん」が入るらしい。
「姫様がいな゛い生活な゛●て、私……」
 そしてまたわっと泣き出す。テイルは困り果てた様子で、隣で涼しげに座っているセリスに救いを求める視線を送った。
 セリスは、必死のテイルの視線に、さらりと答えた。
「こーゆー場合、好きなだけ泣いた方がいいんじゃねーの? 正常な反応だろ」
「……正常か?」
 化粧も崩れ、瞼もすっかり腫れあがったリーザの顔を見ながら、疑わしげにテイルはセリスに問い返す。
「俺がどうこうして泣きやますことができる類の問題じゃねーんだ、これは」
 極めて冷静な一言に、テイルはセリスを当てにしてはいけないことを悟った。だが、そう思った瞬間に、セリスがリーザに声をかける。
「泣くならここで今のうち思いっきり泣いておけよ。どうせあんたのことだ、リシアの前では笑うつもりなんだろ」
 更にテイルの驚きは続いた。それまで理性が溶けてしまったかと思われる程泣き崩れていたリーザが、セリスの言葉に元に戻ったかのようにしっかりと頷いたのだ。
「はい、ありがとうございばす、セリス様」
 鼻は詰まっていたが、冷静な返事だった。
 驚いているテイルの前で、リーザの顔がくしゃりと歪み、また涙が目から溢れ出した。
「……」
 口をぱくぱくさせて絶句したテイルをちらりと横目で見て、セリスが話しかけた。
「お前みたいに女心がわからねー奴は、一生女で苦労すると思うぜ?」
 テイルは、ここ数日リーザを必死で慰めていた自分が、急に馬鹿らしくなってきた。

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