花嫁行列は、普段一週間で着く道のりを、二週間かけてゆっくりと進んでいた。
 人々は、エルス国の王女、そしてイェルト王妃となる人の顔を一度見ようと、街道に押し寄せている。
 慈愛に溢れた微笑みを口元に浮かべ、視線を送るリシア王女の初々しい美しさに、人々は感嘆の溜息を漏らし、イェルトまで花嫁を守る騎士として選ばれた、隣に座るエクタ王子の凛々しさに見とれた。
 イェルトに着いた時には、民の興奮は更に増し、行列がなかなか進めないほどにまでになった。
 やっとイェルト城に着いた時、リシアとエクタはどんなにほっとしたかわからない。
 花嫁は、結婚式まで花婿と顔を合わせてはならなかったから、ルイシェとは会えない。少しそれを淋しく思っていたリシアだが、イェルト王妃であるライラが広い玄関で待っていてくれた。
「まあ、リシア。この前会った時よりもますます綺麗になって」
「ライラ様! 出迎えて下さるなんて、嬉しいです」
「あら、駄目ですよ、リシア。私のことを、母と呼ばなくては」
 茶目っ気のある表情で片目をぱちりと瞬くライラ。リシアの頬が紅くなり、笑顔が広がった。
「はい……お義母さま」
「ありがとう。さあ、明日で役目を終える王に挨拶を済ませてからお部屋にお通ししましょうね。長旅でお疲れでしょう?」
 華やいだ雰囲気は、いつもは無骨な兵の歩き回るこのイェルト城内にも満ち溢れていた。花が至る所に飾られ、人々の顔には笑顔が絶えない。
「お義母さま、あの、ルイシェはどうしています? 私との結婚を、後悔しはじめたりしていませんか?」
 王の部屋に向かいながらリシアが少し不安げに尋ねると、ライラは少し吃驚したようにその美しい目をみはり、すぐに口に手を当ててくすくすと笑った。
「まあ、リシア。さっき見た限りでは、ルイシェの様子はとてもそうは見えませんでしたよ。馬車が無事着いた時なんて、すっかりしきたりを忘れてあなたを迎えに飛び出そうとしたくらい。親の私でも、あの子があんなにそわそわしているのを見るのは初めてです。私の方が恥ずかしくなってしまう程」
「ルイシェが?」
 リシアも意外そうに小首を傾げる。落ち着いたルイシェがそわそわしているところなど、リシアには想像もつかなかったからだ。隣でエクタも想像してしまったらしく、笑いを噛み殺している。
「ええ、余程あなたが来るのが待ち遠しかったのでしょうね。後悔なんて言葉は、あなたのことに関してはルイシェの中にはないようですよ……さあ、王の執務室ですよ」
 執務室を守る衛兵も、磨き上げた鎧を着ていて、頭には美しい羽根飾りをしている。リシアとエクタを見るなり、すぐに誇らしげに大声を張り上げた。
「エルス国王第一息女リシア様、及び第一王子エクタ様がライラ様と共にお着きです」
 リシアとエクタは僅かに緊張しながら、部屋に入った。クリウという男には、王としての威厳が漂っている。それは同じ王族であるリシアやエクタにも、変わらず緊張感を覚えさせるものだった。
 中に一人で座っているクリウ王は、リシア達の目にも以前とは変わって見えた。表情は相変わらず動かないが、目に時折柔らかい光が宿る。健康もすっかり取り戻した様子で、血色も良い。
「そうか。明日か」
 短く言った言葉の中に、様々な感慨が溢れていた。
「お前とルイシェの望み通り、レイナとライクにも招待をしてある。来ぬかもしれないが、それで良いのだな?」
 王の低い問いかけに、リシアは頷いた。
「ええ。レイナ様もライク様も、ここへいずれは戻られるべきと思いますから」
 しっかりと答える、明日息子の妻となる女性を、クリウは目を細めて見やった。まだとても若いが、リシアは王族として必要なものを十二分に備えている。
「準備に時間がかかろう。部屋に行くがよい」
 ぶっきらぼうな言い方ではあったが、クリウが機嫌が悪くてこういう物言いをするのではないといういことを、この頃になるとリシアもエクタも充分承知していた。
「さあ、それではエクタ様はこちらへ。リシアは私と一緒に参りましょう」
 ライラの柔らかな声に促され、二人は別れ、イェルト城のそれぞれの場所に移動した。
 リシアが連れてこられたのは、国王家の居住区であった。エルス国と違い、一夫多妻を認めているイェルトでは、居住区も大変広いものになっている。リシアも何度か許可を得て立ち入ったことがあるが、何度も迷子になりかけたものである。
「今日はこちらで準備しましょうね」
 リシアは、広い部屋に通された。先にエルス国から送っておいた白い花嫁衣装が、部屋の真ん中に飾られている。その側には、緊張でガチガチになった、初めて見る若い女性が立っていた。
「リシア、この子は侍女のハルマです。あなたのお手伝いをすることを、申し出てくれたの」
 ライラに紹介され、利発そうな藍色の目をしたハルマは頭を下げた。
「ハルマにございます。リシア様、この度はルイシェ様との御結婚、おめでとうございます」
 リシアはにっこりと微笑み、ハルマに礼を返した。
「ありがとう。何かとお世話になると思うけれど、お願いね」
「はっ、はいっ」
 新しい主人の人柄に感激したように、ハルマは裏返った声で返事をした。

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