その時、教会の中に不思議なことが起こった。まるで祝福するかのように、空気が反射し、きらきらと光り始めたのだ。
「精霊?」
「精霊だ!」
参列者の間に感嘆と驚愕の声があがる。
まるで、光が集まったかのように、精霊達が、教会の中で乱舞していたのだ。きらり、きらりと美しい精霊達の姿が現れては消え、消えては現れる。
今まで精霊達の存在を、架空のものだと信じていた人々も、信じざるを得ないような、不思議できらびやかな出現。
リシアとルイシェも、驚いて空中を見上げていた。
その中、一人の女性の姿をした精霊が、ゆっくりと踊るような足取りで、徐々に実体化しながらルイシェ達に近づいてきた。褐色の肌で黒い髪をした、生命力に溢れた精霊。歩く度に、手首と足首につけられた鈴がしゃらん、と音を立てる。
参列した人々の耳には、その声が風のようであったにも関わらず、全て聞き取ることができた。
「砂の精霊であるディジニーが代表して、アリアーナ大陸全ての精霊達が、ルイシェ王とリシア王妃の結婚を祝福していることをお伝えするわ」
ルイシェとリシアの頬を、ディジニーは一撫でずつしていく。そして、今度は二人だけに聞こえるように、小さな声を出した。
「しっかりやんなさいよ。期待してんだから」
茶目っ気のあるウインクを一つ。
ルイシェとリシアが思わず頭を垂れると、精霊達の軽やかな笑い声が起き、そしてまるで今までのが幻であったかのように、精霊達は空気に溶けるように、ふう、とかき消えた。
参列者も、神官も呆然と空中に目をやったままだ。ルイシェとリシアは、お互いに目を見交わし、微かに笑い合った。
精霊達までもが、自分達に期待をしている。そのことは、二人にとって重圧でもあったが、とてつもない喜びでもあったのだ。
やっと我を取り戻した神官が、感激に震える声で式を締めくくる。
「列席の皆様も御覧の通り、この結婚は祝福に満ちたものとなった。人々よ、神と精霊に感謝しよう。精霊に祝福されたこの二人を、我々も祝福しよう。ルイシェ王、リシア王妃に幸いあれ」
参列席から、盛大な拍手がわき起こった。どの顔も興奮に満ちている。
ルイシェとリシアは、口元に落ち着いた笑みを浮かべ、参列者の顔を見渡した。
エクタも、イークも、テイルもセリスもシエラもリーザも。
クリウもライラも、シェリーもセルクもトワロアも。
皆が笑みを浮かべ、口々におめでとう、と声を上げている。
その中で、ルイシェとリシアは殆ど同時に気がついた。入り口近く、すぐに退去できる場所に、一人の女性と一人の少年。
レイナ王妃と、ライク王子であった。
レイナ王妃は、口元に疲れたような微笑みを浮かべていた。その姿はしかし、前よりも少し健康的に、美しくなったように二人には思えた。
ライク王子は、相変わらずの無表情である。ただ、リシアとルイシェの視線を受けて、まっすぐに二人を見返した。その暗紅色の眼には、以前のようなぞっとする光はない。ただ、苦悩の光だけが見て取れる。
あんなに怖かったライクが、リシアには普通の少年に見えた。
二人はルイシェ達と視線が合うと、用は済んだとばかりに、すぐに退去していった。
それも、ルイシェ達には当然に思えた。この場に姿を現すことは、二人にとって相当の決意があった筈なのだ。幸い、二人に気づいた者は少なかったであろう。そのことに、ルイシェもリシアもほっとしていた。
儀式は、終盤を迎えていた。
神官に促され、ルイシェとリシアは腕を組みながら、参列者の間をゆっくりと出口に向かって歩く。一人一人の祝福を浴びながら、二人は時折目を見交わして微笑み合った。
三十分ほどもかけて出口にようやく辿り着き、扉から外に出る。
扉が閉められると、ハルマがどこかで待ち受けていたのだろう、二人の前に現れた。その目が、感激に潤んでいる。
「素敵な式でしたわ、ルイシェ様、リシア様……本当に、おめでとうございます」
ぺこりと頭を下げると、感動がまだ滲む声で、これからの予定を二人に告げはじめた。
「それでは、これから披露宴のお部屋に移ります。リシア様は、予定通り王妃の正式な服に着替えて頂きますので、もう一度お部屋に戻られますよう。ルイシェ様は先に、広間の方へお向かい下さい。クリウ様、ライラ様、イーク様もすぐにいらっしゃいます。リシア様のお着替えが済み、お部屋に入り次第、披露宴が始まります」
式を挙げたというのに、二人きりでゆっくり話す時間もないことに、改めてルイシェとリシアは顔を見合わせて笑ってしまった。
「君は今、きっと世界で一番忙しい人だね、リシア」
久々に聞く、普段のルイシェの声。
それに気づいた時、リシアの胸が急にどきどきしはじめた。この人は、今日から自分の夫なのだ。はにかむように、ルイシェを見つめる。
「でも、今日は特別な日ですもの。忙しくても平気」
リシアの言葉に、ルイシェもまた落ち着かない気持ちになる。今、二人きりになっても、話が続かなくなってしまうような、そんな予感がした。ある意味、よくできた予定なのかもしれない。
「リシア様、それでは、申し訳ございませんが、お着替えの方へ……」
本当に申し訳なさそうに、ハルマがリシアを促した。
二人は名残惜しげに微笑みを交わし、それぞれの場所へと向かった。
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