「テイル兄様、ありがとう。嘘でも嬉しいわ」
照れ臭くて、瞬きが多くなる。だが、テイルは微笑んだ。
「嘘じゃないさ。今、猛烈に後悔してるところ」
初めて、テイルにそのようなことを言われて、リシアの頬が徐々に赤らみ始める。が、赤くなりきる前に、いつもの鋭い突っ込みが入った。
「てめーが結婚申し込んでも、あっさり断られてたに決まってるだろ。親父くせえ口説き、こういう場でくらい控えろよ」
セリスは、猫のような翠色の瞳をリシアに向け、きらりと煌めかせた。
「でも、まあテイルの気持ちもわからねーじゃねえな。精霊達がどんなにわんさか来てて、お前の姿見て騒いでるか、見せてやりてーよ。奴ら、こんなに綺麗な人間は見たことねえって」
そして、テイルが口づけしたのとは反対の頬に、軽く口づけする。
「おめでとさん。幸せになれよ」
「セリス……ありがとう。精霊さんにもありがとうって、伝えてね」
「了解」
軽快な会話が終わると、リシアの目は自然にエクタとイークに向けられていた。
母亡き後、ずっと一緒に暮らしていた父と兄。二人の目は、とても優しくリシアに向けられている。
「父様、兄様……」
これからは、今まで一緒にいるのが当然だった二人と共に暮らすことはないのだ。
リシアの唇が、震えた。だが、無理に笑みの形を作る。
「今まで育ててくれて、ありがとう。私、父様や兄様に見守られて、どんなに幸せだったか、今ならわかるわ……」
涙が、溢れそうになる。が、リシアは必死に堪えた。
様々な思い出の一つ一つが、脳裏に浮かんでくる。
幼い頃、肩車をしてくれた父。
母が死んだとき、ずっと抱きしめてくれていた兄。
愛されていないと誤解した頃のこと。
その後知った、深い深い愛情。
ぐっと熱くこみ上げるものがある。リシアは、必死で唇を噛んだ。
そんなリシアを見て、エクタが軽い笑い声を上げる。
「花嫁は、笑顔が一番だよ、リシア。そうでなくとも、お前は笑顔が一番似合うんだから」
同意するようにイークが頷き、娘の顔を見て、目尻に皺を寄せた。
白髪の混じりはじめた父が、思ったよりも老けているのにリシアは初めて気づいた。ずっと、小さい頃から変わらないと思っていたのに。その背中に重い荷物を背負い、イークはどれくらい苦労をして、自分を育ててくれていたのだろう。
イークが手を伸ばして娘の頬をそっと撫でる。その手は、リシアが記憶していたよりもずっと肌理の荒い手だった。
「嫁に行っても、お前が私の娘であることは変わらない。いつでも帰ってきなさい」
父の言葉に、リシアが微笑む。
「ええ。ルイシェと一緒に、時々帰るわ」
父が、娘を抱きしめた。前にこんな風に抱きしめられたのは、母がまだ生きていた遠い昔の頃のような気がする。イークの胸は、昔と同じく暖かかった。
イークが離れると、今度はエクタが屈み込み、リシアの額に優しく口付けをした。
「僕達はそろそろ行くよ、リシア。後で、僕は改めて騎士としてお前のところに行くから」
リシアは少し慌てた。この場に一人、礼を言っていない、足りない人物がいるのに気づいていたからだ。
「待って、兄様。リーザは? シェリーは?来てくれないの?」
リシアの言葉に、面会に来た五人が一斉に笑いを堪えるような顔になる。
問われたエクタが、困ったように答えた。
「リーザは、準備に忙しいらしくてね。それに今リシアに会ったら泣いてしまうからって、聞かなかったんだ」
その後の僅かな沈黙に、もう散々泣いたくせに、という全員の感想が隠されていることを、リシアは勿論知る由もない。
「シェリーは、お前と同じこの国に住むことになるんだから、これから滅多に会えなくなるエルス国の家族同様の人だけで会うべきだって言っていた」
どういう口調でシェリーがそう言ったのか、想像がついて、リシアはくすりと笑みを漏らした。
「そうだったの。ちょっと残念だけれど、納得したわ」
「それじゃあ、本当にもう行くことにするよ。これで結婚式の準備が遅れたとなれば、ルイシェ王に一生恨まれる」
名残惜しさを振り切るように、テイルが爽やかに告げる。リシアもまた、引き留めたい気持ちを抑え、五人の親族に向けて右手を上げた。
「私の花嫁姿、ちゃんと見ていてね。式の手順を間違えないよう、頑張るから」
五人は、華やかな笑みを浮かべ、部屋から出ていった。
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