結婚式は、教会の中で行われることになっていた。
エルス国王家とイェルト国王家は、同じ多神教、ファイアーヌ正教に信仰を寄せている。精霊は神の使いとされていて、美々しい神々と並んで教会のあちらこちらにレリーフが飾られていた。式を執り行う年老いた神官が、白い服を着て立っている。色鮮やかなステンドグラスからは光が射し込み、幻想的な風景が教会の中に満ちていた。
歴史的な結婚式を幸運にも目の当たりにすることになった参列者は、既に興奮に満ちたざわめきの中、整列して、ルイシェとリシアの到着を待ちわびている。
その時、ざわめきを散らすかのように、高らかに、金管楽器の音が鳴り響いた。
人々の注目が、教会の入り口に注がれる。
大きな扉は、音もなく開き、光の中に一つの人影を映し出していた。
先程戴冠を終えたルイシェ王が、中央に引かれた緋毛氈の上を歩む。
受けたばかりの王冠が、漆黒の艶やかな髪の上で光り輝いている。王の顔に浮かぶ緊張は、戴冠とはまた違った種類のものである。
ルイシェは、人々の目の中にいながらも、リシアのことだけを考えていた。
結婚の為に、もう一ヶ月もの間、リシアと会うことは禁じられていた。そうでなくとも、エルス国とイェルト国との距離は長さにやきもきしていたというのに。
だが、それも今日までのことである。リシアはすぐ近くに、自分の妻になる為に来ているのだ。
イェルト国の主立った面々、エルスの主立った面々の前を通り過ぎ、神官の前に立つ。
音楽が一旦止み、教会の人々の視線が、再び閉じられた扉の方向へと向けられた。ルイシェの視線も、一緒に扉へ向く。
荘厳な音楽が、静かに鳴り響く。
扉が、開いた。
光の中に溶け込むような、青みがかかるほど純白のドレス。側には長身の騎士の姿が見え、花嫁に腕を貸している。
人々が、ルイシェが息を呑んだ。僅かに残っていたざわめきが、刹那、教会中から消える。
光の中から現れた花嫁は、人々の心を奪っていた。
真っ直ぐ前を見つめる、抜けるような蒼い瞳。気品と初々しさとを兼ね備えた、清らかな花嫁。胸には美しい、蒼い宝石が歓喜するかのように煌めいている。
息をするのさえも忘れた参列者の中を、リシアはエクタに腕を預け、しずしずと歩いていった。ただ、ルイシェを見つめて。リシアの肌は光を散らすように瑞々しく輝き渡り、目はルイシェに一歩近づくごとに、明るさを増すようでもあった。
ルイシェもまた、リシアを見つめていた。
一ヶ月ぶりに会うリシアは、驚くほどに美しくなった、とルイシェは思った。と、大きな蒼い目が悪戯っぽく瞬かれる。ルイシェは微笑みそうになる口元を引き締め、瞬きで返事をした。
ルイシェの前に着くと、エクタが生真面目な表情で、リシアをルイシェの方へと送り出す。リシアはそのまま、ルイシェの側へとやってきた。
花のような、ふんわりとした良い香りが漂う。
二人が神官の前に並ぶと、エクタはひっそりと参列者の席に戻った。同時に、音楽が止み、静けさが教会の中を覆う。
神官が、掠れた、だが重々しい声で、お決まりの神々の由来と精霊について、そして結婚の心構えについてを語り始める。他の者の結婚式に参列して、ルイシェもリシアも幾度か聞いたことのあるその言葉だったが、自分達の為に語られると、全く違って聞こえた。
参列者も、あるものは目を閉じ、ある者は神々の像を見つめながら、神聖な言葉に耳を傾けている。
結婚の意義についてを神官が話し終えると、意志の確認へと式は移った。厳かに、神官がルイシェに問う。
「汝、ルイシェ・レーヴイナス・イェルトは、神々と精霊、そして民に、リシア・ウィナード・エルスを妻にすることを誓うか」
ルイシェはまっすぐ、神官の目を見つめた。ここではただ、「誓う」とだけ言えば良い。だが、ルイシェははっきりと、教会の隅々にまで届く声で宣言した。
「我、ルイシェ・レーヴイナス・イェルトは、リシア・ウィナード・エルスのみを生涯妻にすることを、誓う」
ざわめきが、教会内に起こる。
ファイアーヌ正教の聖典は、一夫多妻を禁じる項はない。慣例的に、エルス国は一夫一婦制、イェルト国は一夫多妻制を取ってきていた。そのイェルト国の慣習に、従わないという意志表示は、参列者を驚かせた。エルス国からの参列者は、それ程までの純粋なリシアへの思いに、頭を垂れた。
「汝、リシア・ウィナード・エルスは、神々と精霊、そして民に、ルイシェ・レーヴイナス・イェルトを夫とすることを誓うか」
リシアもまた、まっすぐに神官の目を見つめて宣言した。
「我、リシア・ウィナード・エルスは、ルイシェ・レーヴイナス・イェルトのみを、生涯私の夫とすることを誓う」
涼やかな、通る声が人々の耳を打つ。
「それでは、誓いの証をここで立てよ」
神官が両手を広げ、二人を向かい合わせる。
ルイシェとリシアは、お互いの目を見つめた。
蒼い、澄んだ瞳と、漆黒の、優しい瞳が、今の誓いの言葉以上に、お互いの気持ちを雄弁に語っている。
ルイシェが、リシアの頤にそっと手を添えた。
リシアが、長い睫毛を震わせながら、目を閉じる。
引き寄せられるように、二人の唇が重なった。
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