〜星夜〜

「父様、母様の話をして」
 リシアがある夜、甘えたようにイークの部屋にやってきて、切り出したのはそのような願いであった。
 イークは最近元気のない娘の為に、快く承諾した。
「ああ、いいよ。マリサの何の話が聞きたい?」
 リシアは王のベッドの上に座ると、ちょっと間を置いて、それから恥ずかしそうに言った。
「父様と母様がどうして結婚したのか、知りたい」
 多分、そのように言うだろう、とイークは思っていた。最近のリシアは、急に大人びてきていた。ルイシェという少年との出会いが、リシアを変えたようにイークは感じていた。
 イークは大きく頷くと、椅子に腰掛け、遠くを見るような目つきで、ゆっくりと話し始めた。
「あれは、私が十六の頃だった……」

 イークがその女性と出会ったのは、十六だった。
 まだ、祖父も父母も健在だったことから、イークは王子と言っても兄弟と自由な毎日を送り、その日も公爵家で行われていた昼食会に出席していた。
 賑わう大広間の中、ふと、イークは一人の女性に目を止めた。今までも、他の食事会などで見かけたことはあったような気がするが、定かではない。自分より幾つか年上であろうか。着飾った女性の中でとりわけ美しいというわけではない。が、表情が生き生きして、自然に輪の中心となり周囲の人を賑わせている。
 イークは何の気なしに彼女を取り巻く輪の中に入り、そして彼女の話を聞いていたが、昼食会が終わる頃にはすっかり彼女の虜になっていた。強烈な一目惚れである。彼女というのが、ハスナ伯爵家の娘、マリサだった。
 家に帰ってから、イークは彼女に二人で会ってくれないか、と手紙を書く。
 マリサの方は、まさか年下の、しかも王子が自分に恋心を抱いているなどと思いもしないから、何故自分が呼ばれるかはわからなかったが、何か用事でもあるのだろうと快諾した。
 ネ・エルスの東にある小さな庭園で待ち合わせをしたイークは、どきどきしながら彼女のことを待っていた。
 彼女は、濃い緑色の服を身に纏って現れた。まるで木の精霊のようだ、とイークは思った。
 イークは、想いを伝えた。マリサのことが好きになったこと。できれば、恋人になってほしいこと。
 マリサは冗談だと思って笑って断ったが、イークは本気であることをマリサに何度も訴えた。
 ふと、マリサの表情が変わったのは何度目かの訴えの時だった。ひどく厳しい表情を浮かべ、イークをたしなめる。
「王子様。あなたは将来国王になられる身です。そのあなたが人を見る目を持たなくてどうなさいますか。たった一度言葉を交わした女に愛を打ち明けて、本当に良いのですか」
 イークはびっくりしてマリサを見つめた。
 その、余りにも幼い表情に、マリサは大きく長い溜息をついた。
「まだ、お若いのですね。そうですわよね。わかりました。でも、私は今すぐにはお気持ちに応えることはできません。イーク様が大人になって、そしてその時私をまだお好きなのでしたら、そうしたら、私はイーク様とお付き合いをさせて頂きます」

「あら、父様、最初は母様に振られたの?」
 目を輝かせていたリシアが驚いたように問う。イークは苦笑した。
「そういうことになるのかな。私は、本当に子供だったんだよ」
「それで、その後どうなったの?」
「私は、大人にならなければ、とその時思ったのだよ。それくらい、マリサのことを本気で好きだ、と思っていた」

 イークが彼女の言葉の、真の意味は理解できたとは言い難かった。が、自分が大人になりさえすれば、マリサのことを振り向かせられるのだ、と、イークは奮起した。
 父の手伝いを初めて積極的にするようになり、武術の訓練にも毎日時間を割いた。
 そして、少し大人になった、と思う度にマリサに手紙を書いた。しかし、マリサはその手紙を読んだだけで、「まだです」と言うのだった。
 一年が過ぎ、流石にイークはマリサのつれない返事に段々気持ちが冷めてくるのを感じていた。何故、そこまで冷たくするのか。きっと、嫌われているに違いない。そして、イークはマリサに手紙を送るのをやめてしまっていた。

「相手の気持ちもわからないのに、一年も手紙を出し続けたの? 父様って昔は情熱家だったのね」
「今考えると、私も恥ずかしいよ」
「でも、手紙書くのやめちゃったんでしょ? それから?」
「うむ。私は、恋など馬鹿馬鹿しい、と思ってな……」

 それ以来、政治の方が面白くなって、イークは王子としての仕事に精を出すようになった。働けば働くほど周囲の人に認められるのが楽しかった。そして、何年もの月日が経った。
 二十歳を越えると周辺に結婚の話をちらつかせる人が増えたが、イークは耳を全く傾けることなく、次期国王としての務めを果たし続けていた。
 そして二十二歳になったある日。イークは人生のターニングポイントとなる事件を迎える。
 それは、流行り病の蔓延であった。
 周囲の人間がばたばたと倒れた。祖父が亡くなった。そして、父母も病に倒れた。
 多少の自負のあったイークは両親の代わりに、必死で国を運営しようとする。しかし、それは一人では所詮無理な話であった。弟コレンも必死になって手伝ってくれたが、焼け石に水であった。
 自分の無力さに苛まれながらも、それでも働くことを止める訳にはいかなかった。流行り病で人口は激減し、経済はがたがたになった。食糧の供給さえ不安定になりつつあった。
 自分の見通しの甘さ、自惚れ、全てがイークにとって針のような後悔となって突き刺さった。自分がいかに他人に頼っていた子供であったか、イークは思い知らされていた。
 そのうち、父が、ついで母が亡くなった。イークは若くして王になることを余儀なくされていた。

「父様……大変だったんだ」
「ああ、あの頃は必死だったな。悲しんでばかりもいることができないまま、王になったからな」
「それで、母様は? いつ出てくるの?」
「そう焦るな。ちょうど、出てくるところだよ」

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