〜砂漠の踊り子〜

 サラサラサラ。
 音が、絶え間なく響く。
 イェルト王家の祖先は、昔砂漠の民であったという。ルイシェは、自分の肌がそのことを知っているような気持ちになることが、しばしばあった。王族が砂漠を離れて大分経つことと、母が抜けるように白い肌であったことから、王子であるルイシェもまた砂漠の子孫らしからぬ白い肌ではあったが。
 サバンナを抜け、砂漠に辿り着いた時、ルイシェは不思議な感慨に捕らわれたのだった。
 昔から、ここを知っていたような。懐かしく、そして恐ろしい場所。
 それから、大分砂漠の中を彷徨っている。
 サラサラサラ。
 砂は耐えることなく風に吹き流され、無機質な美しい曲線を描く砂丘を形づくる。
「聖なる場所、か……」
 ルイシェは地平線まで続く、その壮大な自然の造形物に魅了されながら、そっと呟いた。
 隣にいる乳兄弟でもある腹心の使用人、セルクもまた精悍な面持ちで頷く。ルイシェに比べると多少黒い肌は、砂漠の民であった頃の名残が強いと言えるかもしれない。
「ここは、厳粛な気持ちになる場所ですね。我々の祖先は、この先にあったと言われるオアシスに居を構えたと言います。それも、今では枯れ、全ては砂に埋もれたそうですが……」
 二人は、王族が一生に何度かは必ず行くという巡礼を行っていたのだった。かつて王族が住んだ場所で祈りを捧げるのだ。廃墟が残っているわけではないので、現在は略式化され、砂漠で幾晩かを過ごすのみとなっている。ルイシェ達の場合、随分長い滞在となってはいた。
 もう今日のテントは張り終え、駱駝も休ませている。
「祈りを捧げるといっても、誰に祈るのか、父上も教えて下さらなかった」
 ルイシェは苦笑し、ゆらゆらと遠くに立つ陽炎を見つめた。
 砂に洗われながらも艶やかな黒髪、白く滑らかな肌。すらりと細身で締まっている、バランスの取れた身体。整った美しい顔立ち。物憂げな黒い瞳。ルイシェを初めてここで見るものがあれば、もしかしたら余りの美しさに人間ではないと思うかもしれない。
 少しの間、彫像のように立っていたルイシェが、辺りを見回してから、疲労の滲む声をあげた。ここ数日、無理な行程を進んでいる。
「セルク。もうテントで休んでもいいかい? 少し、身体に疲れが溜まっているようなんだ」
「勿論です。水も少し飲まれた方が。砂漠では思ったよりも身体から水分がすぐに出ていきますので」
「ああ、ありがとう」
 ルイシェはセルクから水筒を受け取ると、そのままテントに潜り込んだ。
 テントは二人がやっとゆっくり足を伸ばして寝られる程度の広さである。その中に寝袋を広げ、水で喉を潤してから、一時の安らぎを得る為潜り込む。
 横になると、すぐに慣れない砂漠の旅の疲れが押し寄せてきた。暗い穴に落ちていくように、ルイシェは真っ直ぐに眠りへと落ちていった。

 しゃらん
 ふと、音がしたような気がして目が覚めた。辺りはすっかり暗くなって、隣ではいつ来たのか、セルクが寝息を立てている。
 しゃららん
 鈴の音、のようだった。駱駝に取り付けたガラガラという鐘とは全く違う、軽く涼やかな音。
 一度目が覚めると、その音が気になって眠れなくなった。ルイシェはセルクを起こさないように寝袋から上半身を出し、テントの入り口からそっと外を眺めてみた。
 驚いたことに、砂漠は信じられない程に蒼く、明るかった。
 満月なのだ。
 白い光が大気の藍色を溶かして白茶っぽい砂にあたり、蒼色に染め上げている。砂丘が大きな波に見え、まるで大海原にいるような、不思議な感覚。
 しゃらん
 また、音が聞こえる。幻覚ではないようだった。ルイシェは思い切って、テントの外に這い出した。
 しゃららん
 音のする方向を見て、ルイシェは信じられない出来事に一瞬固まった。
 砂丘の一番上で、女性が、踊っているのだ。腕と足に鈴をつけ、衣を揺らし、身体を美しく曲げ。
 誘われるように、そちらへと歩いていく。女性はルイシェには気が付かず、踊り続けている。
 女性自身も、月光を浴び、蒼く輝いていた。その色に刹那、彼女が自分の想いを寄せる乙女なのではないかと、錯覚を起こす。
 ふと、女性の目がルイシェに止まった。音楽もなく踊っていた女性は、すうっとやめてまっすぐに立ち、誰何するかのようにルイシェを睨み付ける。昔の砂漠の民はこうであったであろうと思わせる、焼けた肌に漆黒の髪の、官能的な美女である。ルイシェの思い描いた乙女とは全くの別人であることは、確認するまでもなかった。
「申し訳ない。邪魔をするつもりはなかったのですが」
「あなた……こんなところで何をしてるの?」
 ルイシェの言うことなど聞いていないかのように、女性は問うた。背筋がぞくりとするような、ハスキーな艶っぽい声。
「巡礼の旅を。かつて、私の先祖がこの砂漠に住んでいたのです」
「巡礼? こんなところに、何もないわよ。砂しかないわ」
 女性は自嘲するように笑うと、舞の一部であるかのような仕種で掌に砂を乗せ、さらさらと落とした。

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